(2020 PR Yearbookより)

西山隆一郎(にしやま・りゅういちろう)

西山隆一郎氏

株式会社西武ホールディングス

取締役 上席執行役員 社長室、管理部、広報部担当

株式会社プリンスホテル

取締役 常務執行役員 管理部、広報部担当

企業はリスクとどう向き合うのか。それはPRの大きなテーマの一つ。2004年の不祥事から、グループ再編、2014年の再上場、そして現在に至るまで、その再生のストーリーを広報・PRの立場から、西武ホールディングス(以下、西武HD)西山隆一郎取締役に語っていただきました。

取材日:2020330

カリスマ依存体質が招いた
証券取引法違反と上場廃止

————リスクマネージメントの視点から、西武HD再生について、ぜひお聞きしたいと思っています。不祥事が起こった時の実感とは、どのようなものだったのでしょうか。

西山 2004年当時、私はみずほフィナンシャルグループの広報部門に在籍していました。その時に、西武の事件に直面しました。1990年代終わりに総会屋事件でさまざまな企業が摘発された時期を経て、この頃にはその類の不正行為は全部なくなっているというのが世の中の印象だったと思います。ところが、西武の事件が起きた。私は「まだやっていたところがあったんだ」と驚きました。その後、有価証券虚偽記載やインサイダー取引で上場廃止になり、メインバンクのみずほ側でも大騒ぎになりました。後に西武に来る、後藤高志社長も当時はみずほコーポレート銀行で、西武グループ担当の副頭取でした。広報担当としてその下にいた私は、さまざまな情報収集に走っていたことを昨日のことのように思い出します。

 

————メディアでも連日、大きなニュースとして扱われ、社会に衝撃を与えました。その後、みずほ銀行から西武HDに転職されました。

西山 2009年に西武HDに転職しました。2005年2月に新しいトップ(現・後藤社長)が就任し、グループ再編を経て組織形態を劇的に変え、再生に向けて着実に歩んでいた頃です。西武HDという持ち株会社の下に、西武鉄道とプリンスホテルなどをぶら下げて上場をめざした経営改革が軌道に乗り始めていました。企業風土の大変革も進行していた最中に、私は転職してきました。広報部長として着任した時は、社員みんなが一丸となっているのを感じました。新体制の枠組みの中で一つになろうとしている。そんな印象を受けました。

 

————西武HDの広報に入られて、2004年の不祥事は何が問題だったと感じましたか。

西山 1920年に箱根土地株式会社設立により西武グループが発祥して以来、長い間、家業が発展していく形で独特の企業風土が生まれていきました。一代目、二代目によるカリスマ一極体制の中で、シャープな縦割り組織になっていたのだと思います。カリスマの才覚とそれに依存した経営がどんどん大きくなっていき、時代の注目を集めていきました。その中で、内部管理が新しい時代に追い付いていかなくなっていき、さらにそれを問題として指摘する声が表に出ない体質になっていたのではと感じました。

グループを仕切っていたのはコクドというリゾートホテルを運営する非上場の事業持株会社でした。そのコクドの下に、西武鉄道という上場会社や、シティエリアを運営するプリンスホテルがあったのです。長年、エクセレントカンパニーとして信用力も絶大でしたが、外から見たら、ベールに包まれていた組織だったと思います。

従業員向け広報誌を活用し
悪しきも含めて歴史を共有する

————再生への道筋として、長年の家業的な経営からの脱却がまずあったわけですね。

西山 そうです。株券の電子化などを進めていく中で発覚したのが、長年にわたる有価証券虚偽記載でした。よって、再生に当たっては、まずは内部管理体制の強化、財務体質の強化、収益力の強化という3本を柱に進めていきました。2005年から始まった新体制は、まず「内部管理とコンプライアンス」でした。まず、土台を作らないといけない。内部管理とコンプライアンスをきっちりやる組織体制を構築したうえで、再上場をめざしていきます。

その後、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災、さらには、2013年のサーベラス社からのTOBなど、容易な道ではありませんでした。しかし、その都度、社員は新体制の下で歯を食いしばって進んでいきました。その過程では、リストラという苦渋の決断もありましたが、組織が筋肉質になっていったことで、乗り切ることができました。

2004年  3月

西武鉄道 総会屋への利益供与が発覚

10月

西武鉄道 有価証券報告書の虚偽記載公表

11月

「西武グループ経営改革委員会」設置

12月

西武鉄道 株式の上場廃止

2005年  5月

西武鉄道 取締役社長に後藤高志氏就任

8月

持ち株会社方式によるグループ再編決定

2006年  2月

西武HD設立

3月

経営理念、社員の行動指針になる「グループビジョン」制定

4月

西武グループ報『ism』創刊

2008年  9月

リーマンショックにより世界的金融危機が起こる

2011年  3月

東日本大震災発生 「赤プリ」営業終了

2012年  5月

西武鉄道創立100周年

2013年  3月

サーベラス社からの敵対的TOB

2014年  4月

西武HD株式が東京証券取引所にて上場

 

————2000年代は、J-SOX法でも分かるように、グローバル化が求められました。西武HDでは、日本の伝統的な家業的経営に問題が起き、さらにグローバル化の波にも晒されました。伝統とグローバル化。この二つに対して、どのように取り組んでいるのでしょうか。

西山 投資家からすると「スチュワードシップ・コード(機関投資家の行動規範)」、企業からすると「コーポレート・ガバナンス・コード」、ここにすべてが凝縮されていると思います。さまざまなグローバル化の波の中で、日本も株主を重視するようになりました。しかし、最近はアメリカでも、株主よりは市民、従業員もステークホルダーと考えられつつあります。実は、西武はずっとその立場でした。今でも、株主はもちろんですが、沿線の住民や市民社会、従業員を重視した企業経営を続けています。ただし、グローバル化の波にもきちっと適合すべく、コーポレート・ガバナンス・コードを最大限に取り入れています。株主のみならず、昔から西武にとってのステークホルダーは、市民社会、地域社会、沿線の方々、地域の方々でした。たしかに、株主のみなさまに西武線沿線にお住まいの方が多いこともあります。この考え方は今だに揺るぎないものです。

 

————西武の培ってきたものを全部捨てて再生するのではなく、良いものは残し、新しい企業体として生まれ変わる。大変な道のりだったと思います。

西山 古き良きものは伝統として継承し、間違っていたことは抜本的に見直し、新たな視点で挑戦を続けるということだと思います。いくつかの発刊物がその象徴です。例えば、2016年7月に発行した『Seibu Holdings 10th Anniversary Book』は、創業からの歴史を大切にし、グループ全体を見つめ継いでいこうという内容で、編集後記にその想いを込めています。「私たちはいろいろと大きな挫折を経てここまで立ち直ってきたが、すべては創業から100年以上の歴史の延長線上にある。その認識を持って次の100年に向けて再出発しよう」と。過去に起きた悪いことは社史に載せにくいのが一般的だと思いますが、私たちは次の100年に向けた社員の決意と一緒に、これまでの反省もすべて記しました。最近刊行したプリンスホテルの社内報『PRINCE MODE -2020-特別号』の100周年特別号でも、1920年に箱根土地株式会社(コクドの前身)としてスタートしてからのプリンスホテルの歴史を真摯に見つめ直しています。

Seibu Holdings 10th Anniversary Book
『Seibu Holdings 10th Anniversary Book』には、再生への軌跡、グループの今、創業からの歩みが編纂されている
西山隆一郎(にしやま・りゅういちろう)
100周年を迎えたプリンスホテルの記念誌を手に。歴代社長からのメッセージや、時代を彩った施設、通称:赤プリ(赤坂プリンスホテル)などが掲載されている

年の不祥事を取り上げ、再出発の原点に立ち返る機会を設けています。また、東日本大震災の翌年には、防災意識を風化させないとの想いから「東日本大震災から学ぶこと」をテーマにした臨時号を制作し、当時の社員の気持ちを綴った文集をメインに編集しました。

広報として、対メディアだけではなく、こういう社内に向けたメッセージがインナーモラルやモチベーション作りにとても大切だと考えています。『PRINCE MODE -2020- 特別号』を作る際、膨大な資料を集め、紐解いて整理していきましたが、その過程で、今、プリンスホテルが輝いているのも大正、昭和、平成に至る諸先輩方の時代を引っ張っていこうという使命感の奮闘の歴史があったからこそと気がつくのです。

従業員にも顧客にも
つねに誠実であり続ける

————お話を伺っていると、西武グループでは長い間、顧客と企業の絆が地域密着型というか生活密着型というか、非常に深いものであったと感じました。

西山 その通りだと思います。創業者の堤康次郎が掲げた社是は「感謝・奉仕」でした。そして、新生西武グループは、2006327日、新たなグループビジョンとして、「でかける人を、ほほえむ人へ。」を制定しました。「感謝・奉仕」と「でかける人を、ほほえむ人へ。」は、表現が違っていて時代の流れを感じますが、表裏一体だと思っています。「感謝・奉仕」は私たち企業側のなすべき行動であり、「でかける人を、ほほえむ人へ。」はお客様側にそうしてもらうための行動ということになります。二つの視点は異なりますが、私たちの理念は創業からの延長線上にあるものです。

 

————広報・PRは、経営にとって非常に重要な機能であると言われています。しかし、なかなかそうなっていない企業も多い。経営サイドから見て、現代の広報・PRが果たすべき役割をどう感じているかをお聞かせください。

西山 単純ですが、とにかく「中にも外にも誠実に」、これに尽きます。元々、西武グループは事業会社によって濃淡はありましたが、広報は重視されていました。広告宣伝も含めて、外向けの発信スキルは相当磨かれていました。ただ、守りの機能には課題があり、昔は組織として都合の悪い部分はベールに包んできたのではと思います。その後、不祥事から再上場への再生過程では、ネガティブなことも良いことも、西武の内側をつねに誠実に淡々と発信していきました。その広報の姿勢は当然、経営者の姿勢のミラーです。外の声を聞いて経営にフィードバックし、一方で従業員のがんばりも含めて包み隠さず外に等身大で出していく。「中にも外にも誠実に」、これこそがつねに、一番大事だと考えています。

 

————世の中の声やステークホルダーの声を、経営にフィードバックする際に気をつけていることはありますか。

西山 本社の企画管理部門で、日々外部の人と接点がある部門は少ないと思います。いろいろな人と接するのは広報部門の担当であり、日々外の空気を感じ取れる、すごく貴重な部門だと思います。さまざまな立場の人の意見をすべて受け止め、その空気を経営陣に伝えます。さらに、経営陣が何か判断する時に、「広報はどう思うか」と必ず聞いてもらえる体制にしておくことが大切です。今の西武HDは後藤社長を筆頭に、広報の言うことに耳を傾けてくれます。これは、外の声をきちんと取り入れようとしているからです。トップや経営陣の理解がないと、広報は無力化してしまうので、現在は広報活動をするうえで実にいい環境にあると感じています。

 

————広報・PRは、定量的に評価するのが難しい、他の部門と横並びにした時にどのような評価事項を設けるかが難しいと言われています。

西山 通常の社内外へのコミュニケーションやパブリシティ活動、加えて、有事の際に会社と従業員をしっかりと守って、世間からのネガティブなリスクをミニマイズする。きちんと活動していれば、広報の仕事も見えるはずだと信じています。数値に換算するようなことはやっていませんし、あまり価値を感じていません。

特に大事なのは、平時の「BtoC」だと思っています。絶え間なく露出する努力を続けることが最も重要です。換算値も評価基準もありませんから、リリース一つとっても、何をどこにどう出すか、Web媒体はどうするか、活字か動画にするか。こだわりがないと、「マスコミはコントロールできない」という言い訳に甘んじてしまい、広報の存在価値が薄れてしまいます。

平時に培った「事象予見能力」が
困難を乗り越える力になる

————平時の活動にこそ、広報・PRの重要な役割がある。インターナルとエクスターナルをつねにオープンにしておく。大切なことだと感じました。

西山 平時も有事もインターナルは極めて重要です。広報の業務は、マスコミ対応だけが花形ではありません。これまでも述べたように、Webによる発信はもちろん、制作物などのインターナルな活動も非常に重要です。そして一人ひとりが、「事象を予見した、先取りした広報を行う」ことが大切です。「今はこうだけど、3年後、5年後はこうなる。だからこういう活動を今やっておこう」と。パブリシティ活動の場合も、「2年後、3年後にこれがあるから準備しておこう」と。こうしたマインドを持てるかどうかが、広報のあり方を決めます。「事象予見能力」がないと、世の中に次のなんらかの波が訪れた時に確実に乗り遅れてしまいます。だからこそ、平時の広報・PRは大切なのです。

 

————まさに、次の手を打つ。そのために、外の声も中の声も聞いたうえで提言をできてこそ、経営にとって重要な機能になり得るのですね。

西山 そうです。一昔前に世の中で評価されたのは、問題解決能力のある人でした。しかし、世の中がどんどん複雑になっている現在、人に対する評価軸も変わり、問題を解決する能力だけでは足りません。現時点の枠組みで解決したことが、何年後かには価値観が、さらには法規制までもが変わって再び問題になる場合がありますし、変化の激しい今、「事象予見能力」の時代がきています。事象予見の能力こそ、これからの広報・PRパーソンのみならず、全ての業務に欠かせない能力だと思います。

最後に。現在、新型コロナウイルスが世界中に蔓延し、日本でも国家的な課題になっています。さらに、各企業、そして西武HDの事業運営にも影を落としています。正直に申し上げれば、このような状況はまったく想像していませんでした。大変厳しく、難しい局面です。しかし、こんな状況の時こそ仲間と力を合わせ、知恵と勇気で乗り切っていきたいと思っています。これまでの経験が通用しないほどの困難ですが、このパラダイムシフトを正面から受け止め、西武グループとしての対応をしっかりととっていきます。さまざまな困難を乗り越えてきたわが社だからこそ、社会のためにもできることがあると考えています。


PROFILE

西山隆一郎(にしやま・りゅういちろう)

西武ホールディングス取締役上席執行役員兼プリンスホテル取締役常務執行役員。1964年生まれ。1987年第一勧業銀行に入行した後、2003年にみずほホールディングス広報部参事役。2009年より西武HDにて、総合企画本部広報室長、その後、西武HD取締役広報部長、西武鉄道取締役広報部長を経て、2017年より現職に就く。

西山隆一郎(にしやま・りゅういちろう)