広報・PRで豊富な経験を持つ人たちに聞く「あなたにとって広報の仕事とは?」

バンダイナムコホールディングス 経営企画本部コーポレートコミュニケーション室エキスパート 小野薫さん

「俯瞰×傾聴力×情報のパッケージ化が広報力を上げる」

広報・PRで豊富な経験を持つ人たちに聞く「あなたにとって広報の仕事とは?」

今回話を聞いたのは、世界でも有数のエンターテインメント企業、バンダイナムコホールディングスでブランドマネジメント、社内外広報対応、ESG開示などコーポレートコミュニケーション業務に携わる小野薫さんだ。

小野さんは大学卒業後に大手印刷会社に入社し、企業・自治体などのPR誌やイベントにおけるクライアントコーディネート業務を担当、その後、アートディレクターを志してナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)に転職するが、入社後は社長室への配属となり、企業広報業務に従事する。

 

外向けだけでなく内側に向けたブランディングの重要性

当時のゲーム業界は、ナムコに限らず、個性の強い創業者が自社だけでなく業界全体を強力に牽引する時代だったため、小野さんも広報担当として経営者の発言を取り上げるメディアのフォローに必死だった。そのおかげで、記者対応能力が鍛えられたという。

小野さんが広報パーソンとして成長を実感した最初の機会が、2002年の社長交代だった。創業者から引き継いだ新社長はゲーム開発未経験者だったため、社内外の一部から不安視する声が聞こえてきた。コストカットばかりを大上段に振りかざすのではないか、今後魅力的なゲームが開発できるのかと。

しかし、新社長は構造改革とともにナムコの価値向上を進める考えがあった。そこで、小野さんは社内外を巻き込んだムーブメントを作ろうと、「人類遊び研究所」というコミュニケーション戦略を提案する。

「開発も営業も、経理も総務も、全社員が人類遊び研究所という架空の組織に所属し、皆で一緒に遊びを追求していこう、というキャンペーンです。特定の商品サービスを開発するのではなく、世の中に溢れる遊びの本質を考察して、私たちの仕事や生活に遊び心をもっと入れて、楽しく豊かにしていこうという意思表示。パソコンメーカーじゃないけど、“アソビ・ハイッテル?”というキャッチコピーを作り、研究所の名刺や、タグラインも作ってテレビCMに入れたりして、新生ナムコをアピールしました」(小野さん)。

新社長の戦略を一言で分かりやすく表現するとともに社員が目指すべき方向性も示すことで、社内外双方に「ナムコは変わる」ことを知らしめる効果的なコミュニケーション戦略だった。「インターナルブランディングを通じて外部にも発信していくという成功体験をしたのですが、これが私の企業ブランディングに対する考え方のベースになっています」。

第2の成長機会は、2005年のバンダイとナムコの経営統合だった。異なるカルチャーを持ち、直前まではライバル同士だった2社だが、ともに玩具・ゲームといった遊び文化の巨頭が1つのグループになることに、世間の期待は大きかった。しかも、経営統合の発表が5月、業務のスタートが9月と、時間のない中での企業理念やコーポレートブランドの策定は苦労したという。

「経営統合の発表の時にも、開示するまで記者会見用の市松ボードは発注できないから、それぞれのロゴを会社のインクジェットで出力してバナーにしたり、両経営者の握手写真の際に良い画を作りたいと、両社を象徴するガンダムのプラモデルとパックマンのフィギュアを持たせたりと、時間のない中で両社の広報スタッフが知恵を出し合ってテレビや新聞映えする見せ方を工夫しました」

伝えるべき対象と得たい効果を考えて広報する

 

広報価値を上げる取り組みも実施し、大きな成果を上げている。

2013年からはバンダイナムコのアミューズメント事業会社で広報を担当。全国チェーンを運営する規模ながら広報担当は小野さんを含め2人しかおらず、社内向けと社外向けでそれぞれ「ほぼひとり広報」がスタート、グループ会社の中でも「広報が弱い」とされていた体制の立て直しに邁進する。

「まず、プレスリリースの流量を上げる工夫をしました。着任前もリリース自体が少なかったのですが、その代わり、事業部がインフォメーション的なお知らせを散発的に発信していました。しかし、全体が管理されていないため、発信の時間がバラバラだったり、同じ時間帯に複数が発信されたりと、効果が平準化しない状況でした。これを重ならないように発信したり、ビューの上がる時間帯に発信したりと、一元管理したことでリリース1本当たりのパフォーマンスはかなり改善しました」。

プレスリリースを発信する際も、誰に届けたいのか、そのためにはどのメディアを使えば効果が上がるのかを考えて発信するようにしたという。

「当社のアミューズメント施設は大きなショッピングモールにテナントとして出店するケースが多く、ショッピングモール様にとってアミューズメント施設は集客装置です。どういうお客様にお越しいただきたいかと言えば、当然、その地域のお客様ですよね。全国放送のニュースに取り上げられるのももちろん効果はありますが、地元テレビ局や地方紙、タウン誌に取り上げられるとより効果が大きい。そこで、オープン前から足繁く地元メディアを回り、積極的にプロモーションをかけました」

ショッピングモール側も、「バンダイナムコが出店すると地元メディアに積極的に働きかけてくれて、集客してくれる」と喜ばれる。お客が大勢くれば、他のテナントも喜ぶ。自社の宣伝だけでなく、入居施設のことも考えたプロモーションにより、バンダイナムコの存在はデベロッパーの中でも大きくなっていった。

一方で、全国でアミューズメント施設を展開しているため、従業員は全国に存在する。そのため、店舗と本社のコミュニケーションギャップが大きいこともあって社内広報に苦心していたが、大きな気づきとなったのが制服の変更だった。

「ゲームセンタースタッフの制服が女性社員の声を生かして変わることをテレビの経済ニュースに取り上げてもらったときは、社内で大きな反響がありました。当時のゲームセンター事業は業績が停滞し、社内的にもあまり元気がない中での報道だったのですが、社員がテレビに露出したことで社内の空気が変わることを実感し、広報をしていて本当に良かったと思った出来事です」

コンシューマーを意識した広報戦略だけでなく、取引先や自社社員を意識した広報戦略、いわゆるインターナルコミュニケーションも重要であると、あらためて実感したという。

「着任から“弱者の広報”として細かい施策を積み上げてきた結果、露出では着任初年度の広告換算費0.8億円だったものが、着任9年で58億円まで増加しました。経営陣にも広報の重要性を認識してもらえるようになり、部署人員も6人まで拡大できました」

 

 

知識と人脈が資産だが、慎重さは忘れない

 

現在、小野さんはグループ持株会社のバンダイナムコホールディングスでコーポレートコミュニケーションの業務に就いており、ブランドマネジメントや社内外広報対応、ESG開示関連を担当している。

広報対応に関しては、事業会社を含め過去2回ほど失敗とした経験があり、そこから大きな教訓を得たという。1つは、記者との余談から意図せぬ新聞1面掲載。

かつてCSR活動を担当していた時に、当時、国が提唱する「チーム・マイナス6%」にグループ皆で協力しようということになったと経済紙記者に話したところ、翌日の朝刊1面に「(バンダイナムコ)グループ全体の二酸化炭素削減目標策定へ」と大々的に報じられて、担当役員から厳重注意されたという。

「2050 年までに実質ゼロを目指す、現在の当社の脱炭素化向けた数値目標とは全くレベルが違う話でしたが、方向性は間違っていなかったので記事自体は否定できずに終わりました。これ以降、記者さんと雑談する時にも、これまで以上に記者さんの取材意図、質問の意図を深く考え、慎重に発言するようになりました」

記者からすれば、広報はその企業を代表しており、あわよくば見出しになるような言質を取ろうとしている。雑談といえども気は抜けない。

逆に、記者から助けられたこともある。以前、期間限定ショップのオープン日に想定を上回る客が押し寄せ、安全を考慮して開店を延期したのだが、混乱で現場が切迫し、広報に連絡できなかったため、小野さんも状況を知ることができなかったという。

「その時、記者さんから携帯に電話が入り、現場が大変だけど大丈夫か?と教えてくださった。慌ててSNSを見たら混乱した店頭の動画が上がっていたのです。今は細かい報告ルートやSNSをモニタリング体制ができていますが、あの時は肝が冷えました。この日以降、SNSを頻繁にチェックし、新しいSNSサービスが始まるとまずは登録して、その傾向を見る癖がつきました」

小野さんはエンタメ・ゲーム業界に古くから携わり、その蓄積した知識と人脈を頼るメディア関係者も多い。「記者さんから意見を聞かれたり、グループ会社の広報担当を紹介したりすることは多いです。過去の出来事や商品など業界全体を聞かれることもある中で、他社商品の発売年や業界のデータも話せるように知識を蓄積しています。広報関連の知人も多いので、同業他社の広報の方につなぐことも多いです」。

特に最近は、昭和レトロブームで昔の商品が話題になったりすることが多いため、この手の問い合わせが増えているという。長年の知識と人脈は小野さんにとって資産となっており、それが会社の価値、自分の価値を上げる良いツールになっている。

 

発信者✕受信者のコンセンサスづくり

しかし最近、特にコロナ禍を経て、メディアを取り巻く環境は変化しており、媒体の作り方も変わってきていることも実感し、小野さん自身も時代に合わせて常に変わらなければいけないと考えているという。

「昔から、“新しい自分を作る”ことを心がけてきました。この時代、一昔前のようにメディアとの深い関係づくりに時間を割くよりも、変化を素早くキャッチすべくアンテナを張り巡らせたり、人的ネットワークを広げたりするほうが有効ではないかと思っています。そういう広報の姿勢に共感を持つ記者さんも確実に増えています」

これからの広報に必要なのは、発信者と受信者のコンセンサスを作る能力を磨くことだという。ではどうやってコンセンサスを作るか。

「必要なのは、俯瞰する視座×傾聴力×情報をパッケージ化する力だと考えます」。一歩引いた視点から物事を眺め、メーカーだけでなくメディアの立場、消費者、経済面など多方面の視野も持つようにし、多くの人の意見・考えに耳を傾ける。そうして得た知見を編集し、リリースなどに落とし込めるスキル。それが広報としての発信力や訴求力につながると、小野さんは考えている。

 

小野さんに聞いた「広報のキャリアは明るい?」

「戦略的PRが叫ばれ、企業の考え方や、メディアリレーション・SNS・オウンドメディアを複合した展開手法も複雑化しています。コロナ禍をきっかけに大きな変化がありましたが、今後はさらに、AIの発展が広報パーソンと記者さんの仕事を激変させ、その多くは不要になるかもしれません。しかし、広報業務では開示情報を調整する場面で、媒体制作ではそのメディアならではの取材の切り口を作る場面で、それぞれの立場での『コンセンサスを形成すること』はAIにはできないでしょう。(広報のキャリアを積み上げるためには)その時々で求められるスキルをどう身につけるかが大切だと思っています」

 

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