(2020 PR Yearbookより)
どうやらPRって、今の社会にとても必要なものになってきている。日頃、そんな感触を持つPRパーソンが多くなってきています。その一方で、うーん、このやり方は違うなとか、今こそ大胆にブレークスルーしないといけないとか、現状に対する問題意識を持っているPRパーソンも多くなっていると感じます。今、活躍中の3人のPRパーソンにオンライン取材を行い、仕事のマイルールをはじめ、これからのPRをどう考えるかの提言を伺いました。
さらに、新型コロナウイルスに直面した今、「何をやるべきか」「私はこう思う」のメッセージもいただきました。
こんな時期(2020年4月、緊急事態宣言発令前後に取材)なので、Web会議システムを使ってインタビューをしてみました。PRに就いたきっかけや、社会の見方、PRをめざす人へのアドバイスなど、若いながらも経験豊富なメンバーの三者三様の回答をお楽しみください。
PR の心臓は「Q=問い」。
自己を再定義し、「どんな問い」に向き合い、動き出すか。
松尾雄介(まつお・ゆうすけ)
株式会社電通パブリックリレーションズ PRプランナー。ファクト起点×世の中発想のPR思考をベースに、多岐にわたる業種のコミュニケーション・プロモーション・企業活動などをプランニング・プロデュースする。国内外のPRアワードで受賞。企業向け講義・ワークショップなども行う。
取材日:2020年4月10日
「自ら」に問い、再定義
価値観や行動が大きく変わろうとしている今。企業やブランドは、自分たちが本当に大切にしたいことや譲れないことは何か、その「問い」と向き合い、判断に迫られる場面が続いています。PRは、「他者とのよい関係作り」と言われますが、「他者」の前に「自己」、つまり企業やブランド自体が「自らは何者であるのか」「本質的にどうありたいか」を自身に問いかけ、改めて「自己」を定義することが重要な時期だと考えています。再定義することで、ニューノーマル時代における「ニューブランド」のような、めざす方向が見えてくると同時に、足りないものが課題となって浮かび上がります。
重要なのは、ステークホルダーを再整理したうえで「誰に対して、どんな存在でありたいか」を細かく設定し、それぞれの相手に合わせた複数のメッセージやアクションを実行すること。考えてみれば、それは私たちの「人間関係」と同じです。家族に対する自分、友人に対する自分、会社に対する自分が微妙に異なり、関係性も日々更新されています。企業も「法人」と呼ばれるように、生身の「人間」のような関係をステークホルダーと結び、自らをアップデートすることが必要です。
PRのど真ん中は「問い」
PRのど真ん中にはつねに“Q”、つまり「問い」が存在している、というのが私の考えです。アルファベットの順番も「P→Q→R」であり、QがPRの中心に存在しています。いわば、「問う」ことはPRにとって心臓のような役割です。自身に問いかけ、他者にも問いかけ、課題解決に動く。それらを繰り返すことで、血が通った人間味のある関係を築けるのではないかと考えています。
現代はソーシャルメディア隆盛となり、「アウトサイド・インサイト」、つまり「インサイトのダダ漏れ」時代になりました。インサイトは心の中にあり「見えないもの」でしたが、ソーシャルメディアを見れば、ありとあらゆる欲求がダダ漏れしています。そういった声に耳を傾けることも、企業やブランドが再定義した自己の実現に向けた、課題発見の糸口です。見えない相手を想像し、根底にあるものを問うていくことで、課題が鮮明に見えてくることもあります。また、漠然としがちな課題を、「具体的な問い」に解像度を上げて変換する視点も欠かせません。例えば、「会社の飲み会」における問題を、「上司から同じ話を何度も聞かされる問題」のように具体化することで、議論の焦点を明確にすることができます。また、共通言語ならぬ「共感言語」として、気持ちに共感を見出せると、お互いが歩み寄りやすくなります。企業やブランドが、課題を深く掘り下げ、解決に動き出すこと。それは、生活者の好意形成につながると同時に、掲げる課題を見れば、どんな「メガネ」で世の中を見ているか、「ブランドらしさ」が良くも悪くも透けて見えてしまう、とも言えます。
新たな「他者」を発見
自己を再定義し、課題を発見し、ステークホルダーと関係構築をする。その過程では、これまで関わりを持たなかった「新しい他者」が現れ、「キーステークホルダー」とも言える、重要な他者になる場合もあります。そのキーステークホルダーからの信頼を得るために、十分なアクションができるか。企業やブランドが持つファクトをベースに、本音で向き合う深い関係構築が求められます。
あらゆる階層のステークホルダーに目を配った、マルチ型のコミュニケーション。そして、企業やブランド自らがファクトに基づく一次情報を直接届ける動きが、より加速していくのではないでしょうか。
オープンに発信するところには、情報が集まります。
そして、セレンディピティが起こります。
中澤理香(なかざわ・りか)
フリーランスPR。1988年生まれ。新卒でミクシィに入社し約3年間、アプリやECの新規事業に携わる。2014年より「Yelp Japan」で2人目の正社員としてコミュニティマネージャーに就任し、イベント企画・運営、PRコミュニケーションなどを通じてファンコミュニティを形成する。2016年1月からは1人目のPRとして株式会社メルカリに入社し、サービスPR、コーポレートPR、危機管理、ファンコミュニティなどを担当後、コーポレートPRマネージャー。2020年5月に退職、現在はフリーランスとして活動中。
取材日:2020年4月7日
3つのルール
心がけていることが3つあります。1つ目は、前提条件を疑うこと。PRは、事業部をはじめ社内のさまざまな部署から、「この日に、こういうことを発表したい」と依頼されることが多いと思います。この時、思考停止せず、本当に「その日」に「プレスリリースすること」が最適な手段なのか、事業部と話して、本当に実現したい目的を聞き出し、ゼロから一緒に考えていくことを心がけています。例えば、プレスリリースではなく、自社でブログを書いて、それをSNSでバズらせる方が最適な可能性もあります。手段は複数あるし、リリース日もその日より1ヵ月後の方がタイミング的に情報価値を最大化できることもあります。つねにゼロベースで、前提条件を疑い、PRの力で最適化できる方法を考えています。
2つ目は、情報を自ら取りに行くこと。これは、メルカリではPRに限らず社内全体で大切にしていることでした。社内では基本的に情報がオープンにされているので、いろいろな情報を見ていれば、この事業でこういうリリースがされるとか、こんな動きがあるとかを誰でも見られる状態になっており、「情報は積極的に自分で取りに行くもの」とされています。「事業部がこれを言ってくれなかった」「こんなネタがあるなら教えてほしかった」とPRが言うのは甘え。社内の状況にアンテナを張り巡らし、「これはネタにできるな」「あの人面白そう」と思ったら、社外に発信しませんかと、PRからどんどん提案することを心がけていました。
3つ目が、PRの都合ありきにならないことです。PRは、経営や事業の課題解決のための一手段。だから、プレスリリースの形はこうあるべき、記者会見は常識的にこうするべき、などと、PR側の都合だけで決めてはいけません。今あるルールは絶対ではなく、これから変わっていくこともあります。暗黙知の多いPRはともすると事業部と対立してしまうケースが多いからこそ、事業部にできる限り寄り添い、PRの都合ではなく一緒にやっていこうと心がけています。
大事にしていること
「発信するところには情報が集まる」ということを大事にしています。良いインプットや新たな出会いを得たいとき、じっとしていては、自分の興味の範囲にとどまるだけです。SNSやブログなどで、学んだことや、考えていることをアウトプットしていると、いろんな人が情報を教えてくれたり、人を紹介してくれたり、思いがけない仕事が生まれたりと、セレンディピティが起こります。突き詰めて勉強するだけでなく、気軽に発信していくことで、より良いインプットが入ってくるというループが生まれ、成長機会に繋がっていきます。
キーワードはオープン
メルカリというベンチャー企業で、自分が特に共感したところは、オープンであること。メルカリのカルチャーは「TRUST and OPENNESS」と呼ばれており、相互の信頼を前提にできる限り情報の透明性を保つことを大切にしています。現代は、社内社外に対して嘘がすぐバレる時代ですからいいところだけ見せるのは不可能。だからこそ、会社にとってある程度不利な情報だとしても、フェアに伝えていった方が、結果的に信頼を得て、共感に繋がっていきます。企業の情報発信は、大事なところや良い点だけを見せるという昔のスタイルから、経営トップや社員の人柄や、得意なこと苦手なことも含めてオープンに伝え、共感・応援してくれるファンを作るという世界に変化しつつあります。そのような世界で、「窓」となるPRの役割の重要性は増していくでしょう。
前提を疑うことを前提にする。
PRパーソンが今、最初に取るべき構えだと考えています。
三浦崇宏(みうら・たかひろ)
The Breakthrough Company GO 代表取締役 PR/CreativeDirector。1983年生まれ。2007年、株式会社博報堂入社。マーケティング・PR・クリエイティブの3領域を経験し、TBWA/HAKUHODOを経て2017年に独立。「表現をつくるのではなく、現象を起こすのが仕事」が信条。著書『言語化力(言葉にできれば人生は変わる)』(SBクリエイティブ)がAmazonのビジネス書ランキングで1位、新著に『人脈なんてクソだ。変化の時代の生存戦略』(ダイヤモンド社)。東京大学、早稲田大学、筑波大学などでの講師実績あり。Twitter:@TAKAHIRO3IURA
取材日:2020年4月10日
出口を優先にしない
昔は、企業から与えられる課題の形が決まっていました。CMを作ってほしいとか、メディアで話題にしてほしいとか。しかし、今、僕の会社に来る課題に、出口が固まっているものはほとんどありません。「どうすればいいでしょうか?」という、いちばん根本の相談が来ます。問題の形が決まっていないので、当然チームの形も決まっていません。その時々で最も適切なチームを組みます。PR系以外に、クリエイティブディレクターやコピーライターなどのクリエイティブ系にチームに入っていただくケースも多いのですが、その時、あることに気がつきました。それは、PRパーソンは視野の狭い方が多いということです。PRパーソンだけで仕事をしていた時は気がつきませんでした。もちろん、視野の広い方もいらっしゃいます。ただ、一般的に形のない課題に対して、従来の形にこだわらず柔軟な発想ができる人は少ない傾向にあります。メディアでどうやって話題にするかの出口を決め、出口優先に考えてしまう。それは、歴史的にPRがメディアカバレッジを取るファンクションだったことによる弊害だと思っています。
僕の会社の社是として、「前提を疑うことだけを前提にしろ」という言い方をします。例えば、ある企業からお年寄り向けにこの商品を根づかせてほしいという課題が来たとします。その際、そもそもお年寄りでいいか、この商品でいいか、企業として今やるべきことは違わないか、課題の前提とされている部分を徹底的に疑って、本質的な課題を探します。それが今の時代、PRパーソンが最初にやるべき思考の構えだと思っています。僕らPRに求められているのはメディアの露出を取ることではなく、社会との合意形成。そのために、社会の気運に敏感でなくてはいけない。そのために、あらゆる手段を知っているべき。そう考えています。
情報に真実を見つける
PRパーソンであれば、各人が見ている情報量にそんなに大きな差はないと思います。情報環境は大して変わらないのに、差が出るのは視点の違いではないでしょうか。例えば、新聞五大紙全部を見比べて、一面二面のどこに違いがあるか、ライターが本当は何を言おうとしているのか、情報発信のスタンスはどう取っているか、どのソースを基に発言しているのか、など。見えている情報の、さらにそのバックグラウンドに対する理解を深くしていこうとしているかどうか。報道されていることと報道されていないことの差から新しい発見をしていこうとします。事実と事実の間にある真実を見つける視点、それが重要だと思っています。
こうした視点をどう身につけたかと言うと徹底した訓練、練習の結果です。僕の場合は、若い時に妥協できない環境で死ぬ思いでやりきっていたのが良かったと思っています。マーケティング、PR、クリエイティブの3つの職種を経験したことも、視点を広げるのに役立っているかもしれません。
PRの言語力
PRパーソンの能力の90%くらいは言語化力だと思っています。ある事象をどう言葉にして、ニュースにするか。名づける能力とも言えますが、それによって社会への浸透度がガラッと、驚くほど変わっていきます。ニュースリリースと広告のコピーとは、ジャンルが違う、職種も違うと考えられてきましたが、今は統合されるべきスキルだとも感じています。本質を端的に言う。それにより、社会との接点や絆を作っていく。コピーライティングはPRパーソンにとって、最低限必要な能力じゃないかと思っています。そして、それらの能力をうまく使って、最適化するのがクリエイティブディレクションだと考えています。