(2018 PR Yearbookより)

広報・PR の役割とスキルはどのように変化し、今の時代を迎えたのか。そしてどう変化していくべきなのか。PR アワード特別審査委員である阿久津聡教授にブランド・マネジメントを含めた俯瞰的な視点からお話をうかがった。(取材日:2018年3月)

  • 阿久津聡氏 一橋ビジネススクール教授

企業の内と外とを越境するPR の時代へ。

広報・PRの領域は、プレスリレーションはもちろんのこと、リスクマネジメントやCSR 対応など広がってきて、PESO が言われるようになった現在、人事やマーケティングなどの隣接する領域へ、どんどん越境して、経営との連携も重要視されています。これからのPRがどうなっていくのか、いくべきなのか。まず、 大きな視点での広報・PRの変化について、お聞きしたいと思います。

私はもともと、PRというのは全社的なコミュニケーションを担う機能であり、トップマネジメントが最終責任者として指揮を執るべきものだと考えています。
ですから、最近になって、時代が求めるものが従来の狭義の PRには収まりきれなくなったことになんら不思議はありません。経営企画や人事と連携しながら、会社の全体像を捉えたうえでやっていくのが本来のPRのあるべき姿と考えるなら、部門間の越境は自然な流れだと思います。越境の傾向は、部門間だけでなく、組織の内と外にも見られます。
そして、この2つのタイプの越境は、密接に関連しています。会社のコミュニケーションを考えたとき、これまでは対外的なものはPR、対内的なものは人事といった役割分担が暗黙の了解としてありました。

しかし、ネットやソーシャルメディアが普及した今、その境界は曖昧になってきています。社会として、企業の透明性を要求する傾向もあります。社内の悪いことは社内で隠しきれず、隠すべきでもなくなってきている。社内で起こっていることをきちんと対外的にも発信していかなければならないわけで、PRとの連携が必要になる。
一方で、社内のよいことは社外にも積極的にPRしていくべきことは言うまでもありません。人事も採用の際には社内のことを社外にPRしていく必要性は分かっているはずですが、一般的にもっとPR的視点を持った方がよい。このように、会社として社内外で統合されたコミュニケーションが目指されるため、PRは部門間の越境に加え、会社の内と外を越境していくことになるわけです。

これまで対顧客のコミュニケーションを中心に考えられてきたブランディングにしても、最近ではインターナルブランディングの重要性が改めて認識されています。

—インターナルブランディングは「確かに重要だと思うが、なかなか有効なシナリオを描けない」という悩みはありそうです。

対外的なブランディングとは別にインターナルブランディングをどう行えばよいか考えると、話が難しくなってしまいます。しかし、起業して間もないベンチャー企業で考えると、インターナルブランディングとはどんなことなのか、理解しやすくなります。起業にあたって創業者は、自分の思いやビジョン、パッションを語り、賛同者を集め、仲間や顧客をつくっていかなければなりません。たったひとりではじめたビジネスも、仲間が集まれば大きくなっていく。自分の考えや情熱の賛同者である仲間が顧客をつくり、さらに仲間を集めてくる。ここで創業者が顧客に対してしていたコミュニケーションが対外的ブランディングであり、仲間に対してしていたコミュニケーションがインターナルブランディングです。
後者の目的は、創業者が自分とともに対外的ブランディングが出来る仲間を育てることです。創業者というひとりの人間の行為と捉えると、2つのブランディングの関係性が明確になり、インターナルブランディングで何をしなければならないかも見えてきます。

越境するPR

一方、会社が大きくなってくると、広報、経営企画、人事、マーケティングというように機能別に組織が分化して、気づけばそれぞれが個別の領域のなかで仕事を完結させてしまうようになるので、大企業で考えると話が難しくなってしまうわけです。そして、その難しさを克服すべく、大企業のPRは本来のあるべき姿として、ベンチャー企業の創業者のごとく、会社の全体像を捉えたうえで、会社の思いやビジョン、取組みやパッションを社内外で共有していくための推進力にならなければならないのです。

そうした役割をPRがしっかりと担っている組織には活力があります。そして、パブリックを巻き込んで、ファンをつくったりコミュニティを構築したりできるPRが、世の中をも活性化させていく原動力になっていると思います。


—その視点から、先生がPR アワードなどを通して、注目されているPR の事例はありますか。

企業ではありませんが、近畿大学の事例には注目しています。

近大のPRは口先だけではない。PRがひとつの大きな原動力になりながら、実際に大学がやっていることを導いているという一体感があります。PRが世の中とコミュニケーションをとるなかで、大学経営側は世の中のフィードバックを受けて「じゃあ、さらにこれをやろう」、「こんなことを発信していこう」と考え、実行する。
それで、おもしろいと思う学生や教員が集まってきて、近大らしさを体現できる仲間となる。

PRが大学内外と部門間を越境して大きな推進力になり、大学全体に一体感をもたらして世の中に受け入れられ、さらに世の中にも活力を与えている。大変興味深い事例だと思っています。

事実を積み上げ、新しいコンテクストとしてまとめて、ストーリーを紡いでいく。

—今、境界を越えた動きの推進力としてPR が期待されている。その背景には何があるのでしょうか。

PRとは何か。ひとことで言うなら「ストーリーをつくる」。もう少し言うと「ストーリーをつくって、それを語ること」なのかなと思います。企業の各部門で、ストーリーをつくって語ることがとても大事なことだとわかってきた。これまでも、気づかないうちにやってきたことかも知れないけれど、それが強く意識され、認識されるようになってきた。そこで、色々な部署で広報・PRの手を借りたい、連携したいというニーズが増えてきたわけです。

一方で、デジタル技術をうまく活用すれば、 どこかでストーリーの核となるコンテンツをつくれば、どこでも簡単に共有・適用できるようになりました。その際に、コンテンツの共有・配信、そして語り方を、社内でしっかりと支援・コントロールする必要がでてきます。それはトップマネジメントの仕事なのですが、言うまでもなく、高い専門性・スキルを持ったチームのサポートがあれば、よりよく推進することが可能となります。社内を見渡して、誰が適任か? となったときに、広報・PRいうことになるはずです。もし誰も気づいてくれないなら、自分たちからアピールすることも必要でしょう。


—ストーリーをつくって伝える。とはいえ、社員や顧客や世の中が共鳴するようなストーリーをつくるのはそう簡単なことではなさそうですが。

確かにそのとおりです。だからこそ、広報・PRの専門性が必要なのだということになるわけです。ただ、そこで大切になるのは、比較的シンプルな3つの点です。

第1に、事実に基づいた本物のストーリーであること。
第2に、コアのストーリーは、組織や商品のシンボルであるブランドの、存在意義や価値観、ビジョンを反映したものであること。
第3に、それを共有したい相手にとって大切なこと、大事にしている価値観に、ブランドを冠した製品やサービスが持つ、機能的、情緒的なベネフィットを介してつながり得るものであること。

この3つの点をクリアするためには、ストーリーを共有したい相手というものが明確に設定されていなければなりません。それは、セグメンテーションやターゲティングを教条とする伝統的なマーケティング・コミュニケーションが得意とするところですが、すでにお話ししたように、ネットやSNSが進化した今、企業と消費者、組織と個人といった間で、情報の非対称性や情報発信力の格差がかなり薄れてきています。発信した情報が絞り込んだターゲットだけに伝わる、ターゲットはこちらからの情報だけに接するといった前提は成り立たなくなってきている。
そこで、広くパブリックを相手に、その後の情報伝達のダイナミクスも考えながらコミュニケーションをしてきた広報・PRのスキルが、ストーリーテリングを推進する際に活きてくるわけです。


—ストーリーテリングの視点から、今回のアワード受賞エントリーのなかで、印象に残ったものはありますか。

そうですね。ゴールドを受賞されたマクドナルドさんの「マックなら、 大丈夫」が、印象に残っています。子育てがちょっと落ち着いて、何か始めたい。でもまだこの先、子育ての道のりにはいくつかの山が待っているから仕事にフルコミットはできない。そんな女性が活躍できる働き方はないかと、マックなりにマックらしく、真剣に検討して提案した。誰もが活躍できるよう、多様なコミットの仕方を受け入れた。具体的には、スキマ時間に2時間からフレキシブルにシフトを入れて働けるようにしたということです。
これは、人手不足で悩んでいる企業の人財獲得戦略にもなっているし、世の中的にも働き方改革の一助になっている。また、かつて不祥事があったなかで、もう一回パブリックにマクドナルドの価値観とビジョンをわかってもらういい機会にもなっています。

そして、子育て中のママを中心とした広い潜在顧客層からスタッフを募集することによって、彼らをコアのお客さまとした顧客コミュニティを構築・発展させていくことが可能となったわけです。スタッフとしての思いと顧客としての思いが同じ人の中で相互作用を起こし、さらにそれがコミュニティの中で他者を巻き込んで、ストーリーとしてダイナミックに拡張し、共有されていった。ストーリーテリングの視点から、おもしろい事例だと思いました。

2020年のあとをどうするかは、
PR の大きな課題。

—最後に、2020年を分水嶺と見立てたときに、2020年に向かっていく熱気というよりは、どちらかというと、ポスト2020の不安みたいなものが多い気もします。ポスト2020 年を考えるとき、どういう大きな課題があって、どういうPRの役割があるのでしょうか。

ポスト2020がどうなるかの一つのカギはPRにあると僕は思います。2020までは盛り上げないといけないから、注目を集めて認知を上げる広告的発想になります。でも、イベントが終わったら、覚えてはいるけれど、アテンションはなくなる。広告的発想でいうと、「アテンションを得て人が集まってきてお金を落としてくれて成功した」ということで終わってしまうわけです。言うまでもなく、ポスト2020はそれではダメです。

大切なのは、その先のストーリーを今から考えて準備することです。ポスト2020の好ましいストーリーのコンテクストとしてそのときに必要な事実は、今から計画して積み上げていかなければ間に合いません。オリンピックが終わって世界的なアテンションがなくなると、社会としては気が抜けたような状態になる可能性は十分にあります。そのときこそ、企業は社会に活気を与える推進力となるべく、わくわくするビジョンを魅力的なストーリーで語るべきです。うまくやれば、そのインパクトは、オリンピックで盛り上がっているときに同じことをするよりもきっと大きくなることでしょう。ただ、「うまくやれば」という条件つきです。経済的反動で士気の下がった社員やビジネスパートナーの協力を仰いでストーリーを紡ぎ、気の抜けたパブリックを巻き込んでストーリーを展開して社会に活気を与えるのは簡単なことではありません。今からその展開を考え、アテンションの高いうちにポスト2020のビジョンを打ち上げてストーリーを社内外で紡いでいけるトップが望まれます。

オリンピックが終わって世界的なアテンションがなくなると、社会としては気が抜けたような状態になる可能性は十分にあります。そのときこそ、企業は社会に活気を与える推進力となるべく、わくわくするビジョンを魅力的なストーリーで語るべきです。うまくやれば、そのインパクトは、オリンピックで盛り上がっているときに同じことをするよりもきっと大きくなることでしょう。ただ、「うまくやれば」という条件つきです。経済的反動で士気の下がった社員やビジネスパートナーの協力を仰いでストーリーを紡ぎ、気の抜けたパブリックを巻き込んでストーリーを展開して社会に活気を与えるのは簡単なことではありません。今からその展開を考え、アテンションの高いうちにポスト2020のビジョンを打ち上げてストーリーを社内外で紡いでいけるトップが望まれます。

それもあって、PRの経験がこれからの企業のトップには必要になると僕は考えています。これまでは、人事部や経営企画が社長へのパスになっていた日本企業が多かったように思います。しかしこれから、コーポレートのPRを担当しないとなかなか経営トップにはなれない、経営トップとして成功しないという時代が訪れるのではないかと思うわけです。社会的にも、広報・PRに対する期待は高まっています。

2020年の山は、大きなチャンスです。広報・PR関係者には、ぜひこの機会を活かして飛躍して欲しいですね。


PROFILE

あくつ・さとし/一橋大学商学部卒。同大学院商学研究科修士課程修了。カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院にてMS(経営工学修士)と Ph.D.(経営学博士)を取得。一橋大学商学部専任講師を経て、現在、一橋大学ビジネススクール教授。主たる専攻はマーケティング、行動科学、ブランド論。足かけ10 年以上、PR アワード特別審査委員を務めている。

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