執筆

駒橋恵子(東京経済大学 コミュニケーション学部 教授/博士<社会情報学>)

広報・PRの定義

パブリックリレーションズ(Public Relations)とは、組織とその組織を取り巻く人間(個人・集団)との望ましい関係を創り出すための考え方および行動のあり方である。19世紀末から20世紀にかけてアメリカで発展し、日本には第二次世界大戦後の1946年以降にアメリカから導入された。企業・官公庁・団体他、あらゆる組織の運営に欠くことのできない考え方といえる。

パブリックリレーションズについて、アメリカで教科書として定評がある『体系パブリック・リレーションズ』では、「パブリックリレーションズとは、組織体とその存続を左右するパブリックとの間に、相互に利益をもたらす関係性を構築し、維持するマネジメント機能である。」と定義している。

日本では、1969年に加固三郎が「PRとは、公衆の理解と支持を得るために、企業または組織体が、自己の目指す方向と誠意を、あらゆる表現手段を通じて伝え、説得し、また、同時に自己匡正(きょうせい)をはかる、継続的な対話関係である。自己の目指す方向は、公衆の利益に奉仕する精神の上に立っていなければならず、また、現実にそれを実行する活動を伴わなければならない。」と定義している。

2023年6月に、日本広報学会では、次のような「広報」の定義を発表した。
「組織や個人が、目的達成や課題解決のために、多様なステークホルダーとの双方向コミュ
ニケーションによって、社会的に望ましい関係を構築・維持する経営機能である。」

つまり広報・パブリックリレーションズは、“関係性の構築・維持のマネジメント”である。企業・行政機関など、さまざまな社会的組織がステークホルダー(利害関係者)と双方向のコミュニケーションを行い、組織内に情報をフィードバックして自己修正を図りつつ、良い関係を構築し、継続していくマネジメントだといえる。

企業を取り巻くステークホルダーには、消費者、株主・投資家、従業員のほか、行政機関や金融機関、地域住民や取引先などがある。消費者への製品情報から従業員向けの社内広報、株主・投資家向けのIR(Investor Relations)まで、さまざまなステークホルダーと情報を共有し、相互の信頼関係を構築することが求められているのである。

企業を取り巻くステークホルダー

企業とステークホルダーの関係を示す図

マネジメント機能としての
広報・PR

ステークホルダーと信頼関係を構築し、それを継続していくためには、広聴(経済環境や社会情勢の受信)・広報(メッセージの発信)の双方向コミュニケーションが不可欠である。日常的な市場の変化を受信して経営トップに伝え、経営の変革に対する情報参謀としての助言を行い、実際に社内外のステークホルダーに自社情報を伝達するのが、広報・PRの広義の役割である。言い換えれば、一般に企業の経営資源は「ヒト・モノ・カネ・情報」といわれるが、その中の「情報」の部分に関する経営戦略を担うのが広報・PRである。したがって、パブリシティから持続可能な社会への貢献まで、一連の活動には中長期的な戦略計画と持続的な一貫性が求められるし、広報・PR活動の巧拙が企業の持続的な成長度合いを左右するといっても過言ではない。

広報・PR活動の5つの機能

広報・PRは、ステークホルダーとの関係を構築するためのマネジメント全体に通じる概念であり、経営トップを始めとして従業員全体で取り組むべき活動である。その活動内容には、以下の5つの機能がある。

①外部情報の受信(広聴機能)
②外部情報の経営者・従業員への発信(情報参謀)
③社内情報の受信(社内広報)
④内部情報の従業員への発信(社内広報)
⑤社内情報の対外的な公式発表(対外広報)


  1. 外部情報の受信(広聴機能):社外から社内への情報収集
    市場や社会は常に変化している。特に近年は、SDGsに関連したサステナブルな取り組みについて、持続可能な環境開発、多様性のある人材登用、透明性のあるガバナンスなどの活動がニュース性を持ち、社会的に注目されるようになっている。そうした変化の萌芽を読み取ることが、広報・PR活動の第一歩である。
  2. 外部情報の経営者・従業員への発信(情報参謀):社外情報の社内への発信
    広報部門には、社会で発信されている情報を整理・構成して社内に伝え、同時に社内で起こっていることを社会に発信するという、全社的なコミュニケーション戦略を統括する「司令塔」であることが求められる。
  3. 社内情報の受信(社内広報):社内情報の収集
    自社の理念やトップのビジョン、業績や研究開発の動向ほか、自社で何が起きているのかを常に把握しておかなければ、タイムリーな情報発信はできない。企業規模が大きくなっても、各部門の協力を得て情報を広報部門で集約し、どの情報をどのタイミングで社内外に伝えるべきかを検討することが望ましい。
  4. 内部情報の従業員への発信(社内広報):社内情報の社内への発信
    同じ会社であっても、部門が異なれば互いに業務の情報がわからないことが多い。しかし、トップのビジョンや各部門の仕事内容を相互に情報を共有することで、自社に対する忠誠心や求心力は生まれる。社内報の編集というだけでなく、「インターナル・コミュニケーション戦略」という観点が必要である。
  5. 社内情報の対外的な公式発表(対外広報):社内情報の社外への発信
    狭義の広報・PR活動として最も注目される分野である。テレビ・新聞・雑誌・ラジオなどのマスメディアを通して、社外のステークホルダーに自社情報をどのように発信するかを考える機能である。会社案内などの印刷媒体や自社の公式Webサイト、公式Instagram、公式YouTube、公式Facebook、公式X(旧Twitter)など、いわゆるOwned Media(オウンドメディア=自社媒体)を活用した情報発信も活発に行われるようになった。各ステークホルダーを意識した情報発信メディアの選択やコミュニケーションツールの相互の相乗効果など、多方面に渡る配慮が必要となる。

危機管理としての
広報・PR

企業を取り巻く危機は、さまざまな種類がある。自然災害(台風・地震・津波等)、事故(火災・工場爆発・列車事故等)、製品不具合、偽装、粉飾決算、労務問題(過労死、各種ハラスメント等)、その他(談合、情報漏洩、従業員の犯罪等)など、挙げればきりがない。
こうした危機が顕在化したとき、取材の受け口となるのは広報・PRである。正確な事態の把握と情報の整理を行い、危機の状況によって、被害の全貌や自社の責任、原因究明と再発防止策などを迅速に発表しなければならない。

一般に、危機が発生してからの対応を「クライシスマネジメント」といい、危機が発生する前の対応を「リスクマネジメント」と呼ぶ。実際の危機発生時の謝罪会見で、トップが失言を重ねてバッシングを浴びることが多かったため、平時から危機を想定して、模擬記者会見などのメディアトレーニングを行う企業が増えている。

近年の広報・PR課題

21世紀に入ってから、企業経営において、コミュニケーション戦略を重要視せざるをえないような情勢が強まっている。

例えば、投資家との関係づくり(IR)においては、金融庁がスチュワードシップ・コードを策定し、機関投資家は投資先企業との対話を通じた中長期的な成長を促し、受託者責任を果たすべきだと定めたこともあって、「物言う株主」が増えている。東京証券取引所はコーポレートガバナンス・コードを定めて、上場企業が透明・公正かつ迅速・果断な意思決定によって、企業の中長期的な収益力の向上を実現するよう求めている。また、会社法と金融商品取引法が改正され、財務的な情報開示と説明責任が一層強く義務付けられるようになった。さらに現在は、ESG(環境・社会・ガバナンス)情報など、非財務面の情報開示も求められ、投資や格付けに影響を与えている。

世界的な潮流の中で、本業を通した社会課題の解決について企業行動指針に盛り込む企業が増えてきた。また、企業不祥事の報道が相次ぐ中で、コンプライアンス(法令等順守)と企業倫理が強く求められるようになり、等身大の正直な情報発信が重要だという認識が高まっている。

また、インターネットの普及・浸透で情報の伝達スピードと伝達範囲が拡充した。SNSの活用も急増し、企業や製品の公式Instagramや公式X(旧Twitter)でユーザーとの双方向コミュニケーションを行うケースも増えている。ネットを通じた情報はコアなファンづくりにつながり、ユーザーたちの書き込みや写真・動画で情報が拡散していくなど、相乗的な口コミ効果も拡大する。

こうした動向に伴って、全世界あるいは各事業会社の従業員の企業へのロイヤルティをどうやって形成するか、また消費者に対して企業グループとしてのブランドをどこまで伝えるか、M&A(合併・統合)後もコーポレートブランドを保つにはどうするかなど、複雑なコミュニケーションに関する課題は山積している。全社的な経営問題であるし、複数の部門にまたがる大きなテーマだが、広報・PR部門が情報参謀として、さまざまなステークホルダーと信頼関係を構築するためのコミュニケーション戦略を考えるべき時代になったといえるだろう。