グランプリ

事業主体:国立研究開発法人物質・材料研究機構
エントリー会社:国立研究開発法人物質・材料研究機構
応募カテゴリー:ソーシャルグッド


輸出総額で自動車と肩を並べる素材産業は優秀な若手の減少という大きな課題を抱える。これは、日本の将来への危機感を覚えた材料研究所の職員がYouTubeを駆使し、若者の人生の選択に影響を与えることに成功した7年に及ぶ自前の長期プロジェクトである。

日本がリードしてきた素材産業・材料研究の将来を守れ!

青色LED、ネオジム磁石、リチウムイオン電池、光ファイバー。社会に革新をもたらした数々の新材料を発明するなど、日本の材料研究はつねに世界をリードし続けてきた。毎年、主要輸出品目ランキングにおいても、材料研究の対象である素材(鉄鋼、プラスチック、有機化合物など)は、自動車と1位、2位を争い、日本経済における重要性は極めて高い。それにもかかわらず、科学離れが叫ばれる中で、宇宙やロボット、ITと比べて地味で目立たないイメージの材料研究分野の現状は一層厳しくなっていた。

さらに、大学に入るまでは材料科学という研究分野と接点を持つ機会がない教育環境のため、人生の選択期にあたる高校生や、その下の世代の関心をいかに醸成するかといった危機感が大学や学会にも広がっていた。しかし、長い間、有効な対策は見いだせずにいた。若年層と材料分野とのリレーション作りは長年の課題であった。

科学の持つ「2つめの価値」に若者との関係構築の可能性

多くの研究機関がおこなってきた、成果をアピールするだけの従来型広報では魅力が届かない理由を分析する中で、科学には「2つの価値」があることに気づいた。ひとつは当然ながら研究成果自体である。例えば、手のひらに収まるスマートフォンでさまざまなことができるようになったり、自動運転の車が走るようになったりしたことで、我々に便利な生活をもたらしてくれた。そして、もうひとつが、科学が持つ人を感動させる力、この“発見のわくわく感”である。我々は、これを「2つめの価値」と定義した。ただ、「2つめの価値」は実験室という閉ざされた空間でしか体験できないため、これまで若年層を含め、広く知られていなかった。そうであるならば、ひとつめよりもむしろ、「2つめの価値」を伝えることこそが、若者を材料研究へ引き寄せる力になるのではとの仮説を設定した。

YouTube上に育てた独自メディアを使い多角的に材料研究の魅力を訴求

2013年11月、中高生以上をターゲットにした専用チャンネル『まてりある’s eye』をYouTube上に開設した。「2つめの価値」である“発見のわくわく感”を前面に押し出し、感動体験を見える化することで、研究に取り組む人生の魅力を実感できるような動画を公開していった。

『まてりある’s eye』では、従来の科学動画にありがちな説明調ではなく、見る側の気持ちを動かすことを重視。科学を解説するのではなく、知りたくなる気持ちを作り上げるストーリーを組むことに注力し、「おもしろくて気づいたら見終わっていた」となることを大方針に動画を制作している。

<まてりある’s eyeの登録者数>

その結果、チャンネル登録者は6年連続で前年比2倍増となり、本グランプリ受賞時点で17万8,000人にも達している。動画1本あたりで獲得した登録者数は、宇宙研究で人気を誇るJAXA(宇宙航空研究開発機構)より10倍も多くなっている。
動画の掲載目的は研究内容を伝えるためでもあったが、同時に、チャンネル自体を訴求力ある独自メディアとして育てることも意図していた。

多くの若者の支持により育ったチャンネルを独自メディアとして活用しながら、現在は各種広報活動も多角的に展開。イベント告知ツールとしての利用はもちろん、チャンネル上でコンテストを開催するなど、さまざまな広報施策と連動させていった結果、研究所主催の公開イベントでは4年間で9倍増の集客を実現した。若年層との関係を構築し、深めることに成功したからである。

<NIMS一般公開イベントの入場者数>

ステークホルダーによる独自の広がりと人生を変え始めた若者たち

『まてりある’s eye』が大きくなるにつれ、若者と直接接点のあるステークホルダーの目にもとまるようになり、彼らの手によって新たな広がりをみせていった。例えば、『まてりある’s eye』の動画を高校や大学などの教育機関が授業教材として活用したり、各地の科学館では専用コーナーを設けて上映したりしている。また、動画やイベントの人気ぶりがメディアに取り上げられたことによって、さらに広まるという好循環もたびたび起こった。NHKの『ピタゴラスイッチ』で知られる制作集団「ユーフラテス」からも賛同を得て動画提供を受け、それらを使ったDVDブックを共同出版するなど、多角的に展開。さまざまなきっかけ醸成することで、材料研究の魅力に触れられる機会を増やしていった。

子ども向けに物質・材料に関する実験を解説した動画「鮮やか!実験映像」シリーズを中心に、大人向けで共同研究につなげることを狙った「最新研究映像 NIMSの力」、ユーフラテスとの共同制作である「未来の科学者たちへ」とさまざまなシリーズが誕生。“発見のわくわく感”を伝える動画を次々と生み出している。

今では、毎年春になると、かつて『まてりある’s eye』を見たことがきかっけでこの分野に興味を持ち、春から材料系の大学に進学が決まったという趣旨の投稿が数多く寄せられる。この現象は、一研究機関の広報活動が若者の人生に影響を与えられることを示す成果といえる。
現在は、材料以外の分野でもこうした活動が広がることを目指し、他の研究機関など、多方面に働きかけている。

<若者たちからの声>


Voice from STAFF

国立研究開発法人物質・材料研究機構 小林隆司

新素材を開発する材料研究は、優秀な若手の減少が顕著な分野でした。これに危機感を感じたNIMSでは、国内最大の材料研究所として日本の産業基盤を守り、国際的優位性を保つために、若年世代に強くアピールする『まてりあるʼs eye』プロジェクトを実施。若者に向けて材料研究を紹介したYouTube動画を作成したところ、急速な物質材料ファン拡大に成功しました。いまでは、開始当初中学生だった世代が、材料研究を志して大学へ進学する行動変容まで引き起こしています。コロナ禍中において、科学分野の一研究機関がおこなったイベントにのべ10万人が集結するなど、超異例の来場者数は、7年にわたる若者とのリレーション構築の結果だと感じています。自機関の広報にとどまらず、日本の素材業界・研究界全体の持続と底上げを願った前例のない広報プロジェクトは、同時に、広告代理店等に頼らず、すべてを研究所職員のみで遂行し、材料分野の危機感と情熱のみをエネルギーに進めた、自前の長期プロジェクトだったと自負しています。