(2019 PR Yearbookより)
社員数でも売上でもグローバル比率が高く、種々の業態を手がける大企業。
そのインターナルコミュニケーションの難易度は想像に難くないが、発想を変えることで答えを出しているPR がある。
オムロン株式会社執行役員、井垣勉氏にその取り組みを含めたメソッドをお聞きした。(2019 年3 月22日)
- 井垣 勉氏 オムロン株式会社 執行役員 グローバルインベスター&ブランドコミュニケーション本部長
メソッド1
主役は、雇用する側から
雇用される側へ。
オムロンで社内外のコミュニケーションを考えるとき、大前提として企業と人との関係性が変わってきているという認識があります。
今までは、エンプロイヤーとエンプロイー、雇用する側とされる側という位置付けで、インターナルコミュニケーションも、雇用する側がされる側のパフォーマンスをいかに上げるか、という観点で議論されてきました。
主役を雇用する側に置いてコミュニケーションを捉えていました。
しかし今、パワーシフトが起きていて、主役は社員の側なのではないか、という前提に立っています。
したがって、インターナル・ブランディングについて、私たちは、一歩踏み込んで、「社員に対してのブランド・マーケティング活動」だと考えています。
顧客に私たちの製品・サービスを選んでもらうのと同じように、社員から私たちは選んでもらえる会社になる。社員に自分の働き場所としてふさわしいと評価してもらえる会社になる。
そのために、どんどんPR をし、プロモーションをし、マーケティングをして選ばれる努力をし続けないと、社員の人たちは、他の場に移ってしまうと考えています。
メソッド2
企業理念以外のメッセージは
インターナルに発しない。
オムロンでは今、ブランディングを企業理念に集約しています。私たちの売上の9割はBtoBのビジネスで、しかも多様なビジネスをやっています。
最初に壁にぶち当たって悩んだのは、まったく違うセグメント、まったく違う顧客を相手にしている事業体で、どうやったらオムロンというひとつのブランド価値を体現できるかということでした。
そこで考えたのが、すべてに共通して、事業の大元にあるのは、やはり企業理念である。そうであるならば、企業理念のメッセージにつながらない、あるいは似て非なるメッセージをいっさい発信するべきではない。そんな思い切った方針を立て、すべてのオムロンのブランド価値は企業理念から生み出されるという体系づくりをしました。
インターナルコミュニケーション、インターナル・ブランディングのすべてのメッセージの中心に企業理念を置き、それ以外のメッセージは基本的に雑音になるので、いっさい発信しないという立てつけにしています。
メソッド3
内的な要因と外的な要因を
しっかりと分析できているか。
内的要因として、会社が成長していくと、どんどん組織は複雑になっていきます。海外進出で従業員は日本人より外国人が多くなり、売上比率も海外のほうが大きくなる。オムロンも含め、そんな企業が当たり前になってきています。
私たちの悩みは、その結果、縦割り組織になってきていることです。カンパニー制のなかで、自分のカンパニーのビジネスについてはわかるが、グループ全体のことはよくわからない。同じ会社という意識もあまりない。そんな社員が増え、タコツボ化が進んでいく脅威があります。加えて、国籍、言語、文化、ジェンダーの異なる社員が増え、中途入社も増えていくと、働くマインドのタコツボ化も進んでいきます。
外的要因は、社員とつながるメディアが進化し、多様になってきていることです。
スマートフォンを世界中の社員が当たり前に持っている時代で、SNSも広がり、5G実装で、リアルタイムかつグローバルのコミュニケーションになる。
コストも圧倒的に安い。もはや、社内報は紙で出しますか、デジタルでやりますか? という議論の時代はとっくに終わっています。今は、動画でいろんなメッセージ、ニュースを社内に流す時代になってきています。
一方、それだけ社員との接点が増えますと、情報セキュリティの観点で、会社発の情報が社外に出るリスクと社員発の情報が外に出るリスクも発生します。
これをグローバルにマネジメントしなければならない。
一方で社員の個人情報はしっかり守らないといけない。
もはや社内だけに閉じたコミュニケーションは成立しません。
メソッド4
社内外の活動をシームレス化し、
最大のパフォーマンスを図る。
インターナルのコミュニケーションの課題を絞り込んでいくと、3点に集約されると考えています。それを、オムロンでは「3つの限界」と呼んでいます。
ひとつめは、社内を前提としたコンテンツをつくること自体の限界です。
情報は簡単に社内社外の際を超えてしまいます。
2つめは、どうやって社員にリーチするかです。もはや社内報やイントラネットといった自前の情報インフラだけでは届かなくなってきました。一方的なコミュニケーションはもう見てくれませんし、何万人もの社員、しかも言語や文化が違うとなると、おのずと限界があります。
3つめは、広報が投資できるリソースの限界があります。
この3つをどう解決するのか、それが今の私たちのインターナルコミュニケーション活動の起点になっています。
まず、ひとつめの解決策は、コンテンツを内外一致にすることです。
広報部隊からは、職制を通じたコンフィデンシャルな情報はもはや流しません。
私たち広報は「ブロードキャスター」として基本的にいつ・どこで・誰が、外部に情報展開してもいい情報だけを発信します。つまり、情報の料理をしない限り、社内には流通させません。
2つめの解決策は社外メディアの有効活用です。
今では、社員が、新興国も含め、スマートフォンをほぼ持っています。
じゃあ、インターナルコミュニケーションでも社外のメディアをつかって、スマートフォンを通じてメッセージを展開しよう、と、従来の発想を転換したらどうか、と考えています。
そして、3 つめの解決策は、広報だけで頑張るのではなく、
事業部や人事部など他の部署と連携し、グローバルにいろんなプログラムを共に展開しよう!ということです。
この3つの解決策を、ひとことでまとめると、社内活動も社外活動もシームレスに企画して展開する、「One Sourse, Multi Use」ということになります。
ひとつのネタを二度も三度もおいしく料理し、社外社内のステークホルダーにシームレスに届けていきましょう。
そうすることで、限られたリソースで最大のパフォーマンスをつくり、みんなに興味を持ってもらいましょう。
そう考えています。
メソッド5
グローバルの全社員が共鳴する、
企業理念実践プログラム、TOGA。
企業理念の実践を、一気通貫したAISAS※のプロセスで1年かけて経験しようというのが「TOGA」(The OMRON Global Awards)です。とてもユニークな企業理念の実践を促すコンテスト形式のプログラムになっています。
社員が自主的に、私は1 年間こういう仕事で企業理念を実践します!と宣言し、
その取組みの成果をグローバルの社員全員で競いあって、認めあって、褒めあって、その学びをグループ全体のナレッジとして蓄積していきます。
「TOGA」は必ずチームでエントリーするルールです。
オムロン全体の社員数が3 万6 千人、この棒グラフの人数はのべ人数で、2018年度は社員実数の1.75 倍の6万3千人が参加していることがわかります。
複数のチームにはいっている社員もいるので、この数字になっているわけですが、ほぼ社員全員が賛同している、そんなプログラムに育っていると言えます。
約6万3 千人で7千テーマがエントリーをし、世界中のオムロン社員で企業理念の実践を競い合うコンテストになっています。
※ AISAS: Attention、Interest、Search、Action、Share の頭文字
メソッド6
すべては、
社員一人ひとりの可能性を信じることから。
広報の人がよく言いがちなのが、知恵を絞って工夫をして、いろんな発信をしているのに、社員が見てくれない、読んでくれない、ということです。
しかし、たとえば自分たちがマスコミの人間だとしたら、視聴者のことを絶対そんなふうに言わないと思います。
自分たちが魅力あるプログラムを提供していないから見てくれない、だから、どうやって面白いものをつくるか、もっと工夫し知恵を絞ろう!となります。
広報もそうならなければいけないのに、頭の片隅に、見て当たり前だろうという前提があります。
社長のメッセージ、何で読んでいないんだ。
部門のニュース、何で見ないんだ、会社に勤めているのに、と発想してしまう。
昔はそれでよかった。
しかし、今は違います。社員が興味をもって見たくなるコンテンツをどうつくるかが広報の仕事になってきている。しかも、読んでもらうだけでなく、社員が喜んでシェアし、そのネタから社員を中心としたコミュニティが、社外を含めて広がっていく。
価値がシェアされ、そこから新たな価値へとつながっていく。
単にネタを発信するだけでなく、それによってどう視聴者の人たちの生活を豊かにして、新たなムーブメントを起こすかという意識で考えないといけない。
広報パーソンのマインドチェンジが求められていて、一方的に発信するブロードキャスティング発想ではなく、価値の共鳴を巻き起こすプロデューサー発想で自分たちの仕事に向き合わないといけない。
そういう大きな変化が起こっていると考えています。
PROFILE
いがき・つとむ/オムロン株式会社 執行役員 グローバルインベスター&ブランドコミュニケーション本部長。新卒で自動車メーカーに入社した後、外資系コンサルティング会社や外資系消費財メーカーの広報部長などを歴任。2013年2月に広報責任者としてオムロンに入社。17年4月から現職。同社の社内外広報、IR、ブランド戦略などを統括。日本広報学会理事や大阪機械広報懇話会代表幹事などを歴任。社外でも企業広報の発展に尽力する。