「Japan’s Information War ~日本のブランド戦略:日本政府、企業、大学はどのように世界にストーリーを伝えるべきか?」
講師:京都外国語大学 パブリック・ディプロマシー教授 ナンシー・スノー博士

2018年12月17日(月)、日本外国特派員協会で「パブリック・ディプロマシー(※注1)」の専門家である京都外国語大学ナンシー・スノー博士による国際セミナーを開催しました。

※注1:「パブリック・ディプロマシー」とは、伝統的な政府対政府の外交とは異なり、広報や文化交流を通じて、民間とも連携しながら、外国の国民や世論に直接働きかける外交活動のことで、日本語では「広報文化外交」と訳されることが多い言葉です。

グローバル化の進展により、政府以外の多くの組織や個人が様々な形で外交に関与するようになり、政府として日本の外交政策やその背景にある考え方を自国民のみならず、各国の国民に説明し、理解を得る必要性が増してきています。こうしたことから、「パブリック・ディプロマシー」の考え方が注目されています(外務省ウェブサイトより引用)

セミナー冒頭、スノー博士はアメリカの国際関係論の専門家であるジョン・アーキーラ博士と英国の作家ジョージ・オーウェルの言葉を引用されました。

 

“In today’s global information age, victory often depends not on whose army wins, but on whose story wins” John Arquilla

 

「今日のグローバルな情報時代では、勝利は軍事力ではなく、ストーリーによって決まる」(筆者私訳)

 

“To see what is in front of one’s nose needs a constant struggle.” George Owell

「目の前に繰り広げられることを見るためには絶え間ない闘争が必要となる」(In front of Your Noseからの引用、筆者私訳)

 

時として日本は、特に国家レベルになると、世界に対し説得力のあるストーリーを伝えることが苦手だと見られています。以下、スノー博士の講演の要約をご紹介します。

日本はグローバル情報時代の準備ができているのか?

 

企業にしろ、国家にしろ、語るべきストーリーがあります。例えば外務省であれば無形で、触ることができない、抽象的な考えを外国に売り込んでいかねばなりません。アメリカでは、例えば「自由」といった言葉や、そこから出てくる派生的な言葉、「報道の自由」「言論の自由」「集会の自由」といったものによってストーリーを容易に語ることができます。こういったものに相当する言葉は日本にあるでしょうか?「耐性」「完璧の追求」「社会調和」でしょうか?それが何であれ、日本はそれを世界に実体的な事例と視覚的な表現でわかりやすく説明しなくてはなりません。日本はまだまだ保守的で、「今までこうやってきたから」という不合理な考えにしがみついています。同じルールの下にいる日本人同士でこれをやるならいいのですが、グローバリゼーションは混沌としており、予想できず、一定せず、エンドユーザーのニーズに調整する能力が必要です。

 

数ではなくストーリーの一部になってもらうためのエンゲージメントが重要

日本を海外に売り込むためには、来日外国人の数を増やすだけでは十分ではなく、彼らにストーリーの一部になってもらうことが重要です。日本のソフト・パワー(※注2)は世界ランキングで5位、アジアでは1位ですが、このソフト・パワーに貢献する最も重要なものが、エンゲージメントです。外部の人に対するエンゲージメントは、文化、経済、外交、教育を促進する環境を築く上で欠かせないものとなっていますが、自身がオープンで相手が理解しやすくなくてはなりません。

 

※注2:「ソフト・パワー」という概念は、ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授によって最初に定義づけられました。ナイ教授は、軍事力や経済力によって他国をその意に反して動かす力が「ハード・パワー」であるのに対し、その国が持つ価値観や文化の魅力で相手を魅了することによって自分の望む方向に動かす力が「ソフト・パワー」であると説明しています。近年、日本でも,平和主義や伝統文化・現代文化など、ソフト・パワーの潜在力を引き出すことで世界における日本の地位を高めようとの議論が行われています(外務省ウェブサイトより引用)

 

サンフランシスコ市長に10ページの手紙を送った大阪市長

隣国の中国は、エリート同士の外交でリードしています。中国では、より多くの高官を海外から招聘し、大学の職員や学生は日本以上に海外に渡航しています。また、中国は2000年以降、姉妹都市契約数を115%まで拡大しています。日本ではどうでしょうか?政治的な話には踏み込たくありませんが、大阪市は今年サンフランシスコとの姉妹都市契約を解消しました。大阪市の市長は、この提携解消にあたり、10ページの手紙をサンフランシスコの市長に送りました。ストーリーテリングとは、みずから進んでストーリーを公表していくことですが、この手紙を送るというアプローチは古いやり方で、大阪市は海外の人々に、保身や頑固さといったネガティブなシグナルを送ることになりました。手紙は一方的な説明に終わり、双方向の対話は生みません。今日、たとえ意見の不一致があろうとも、自らのストーリーを語る上で、われわれは率直で、フランクであるべきです。

 

オープンな議論と敬意をもった不同意

優れたストーリーテリングを阻む2つの要素があります。ひとつは、視点が内向きに偏ること、2つ目は保守的な志向と閉ざされたスタンスです。米上院外交委員会委員長であった故フルブライト氏は、「最も価値のあるパブリック・サーバントとは、同意するだけではなく、批判することを躊躇しない人物である」と述べています。オープンな議論と敬意を持って相手の意見に不賛同を示すことは、自分のアイデアやストーリーをグローバル規模で伝えていく上で良い練習となります。

ここでカルロス・ゴーン氏についてもコメントしたいと思います。日本企業および日本政府はゴーン氏に対する情報およびイメージ戦争で敗北しています。ゴーン氏のストーリーが世界に広がるにつれ、安全を求め、常に内向きに目が向いている日本人はそのストーリーに乗り遅れてしまっているからです。自らのストーリーを伝えるためには、まずは外に目をむけ、日本について語られていることに目を向けねばなりません。こういったサウンドバイトは対話の窓であって、閉ざすべきドアではないのです。

 

グローバル・イングリッシュの必要性

最後に、英語を話す世界に日本人がもっと関わっていくべきであると思っています。英語は、国際ビジネス、トップクラスの大学・企業における優先言語で、本田、楽天は英語を社内で採用しています。英語を話すようになったからといって、日本語能力が下がることはありません。TOEICで中級といわれている600以上を取っているのは日本人のわずか8%です。地球上には72億人の人々が生きており、そのうち5億人以上が英語をネイティブ言語として話しています。中国の精華大学、北京大学、韓国のソウル大学では英語が広く話されています。流暢で完璧な英語でなくてもよいのです。英語は、自分の世界を広げてくれます。

 

海外留学に消極的な日本人の男子大学生

日本にやってくる留学生の数は増えている一方で、海外に留学する日本人の学生の数は、特に男子学生の間で減っています。京都外国語大学の学生に留学したいか質問したところ、留学したいと手を上げたのはたった一人であり、片親が外国人の女子学生でした。このことが象徴するように、日本国外における日本の顔は、サラリーマンではなく、海外で学ぶ女子学生となっていることを指摘したいと思います。多くの日本人学生が留学したくない理由として、「家族と別れて一人暮らししたくない」、「日本食が食べられなくなるのはいやだから」と回答。未知で、不安定な状況のもつパワーや魅力について、十分伝えてこなかったことに対し、自分自身を責めるとともに、日本の教育制度について思いをめぐらされる経験でした。

 

日本人の安全志向が生むリスク

日本は、安全を重視し、リスクをさける世界でも有数の国ですが、これを人間関係にも当てはめる傾向があります。そしてこの安全志向が、時としてみずから作り出す災害ともなっています。人間は失敗から学ぶものであり、私も母国を離れることにより、より興味深い人間になれることを自ら学びました。

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スノー博士はこれからも第二の母国である日本のストーリーについて海外に向けて語っていきたいと述べ、講演を締めくくられました。

講演には、PRや広告会社の社員、企業・大学・官庁の広報担当者などが参加。当初の予定を超える54人の会員企業の方が聴講されました。