共助×共創による、これからの公共サービスの実現 ~マイカー乗り合い交通「ノッカル」挑戦の3年~

事業主体:富山県朝日町/株式会社博報堂
エントリー会社:富山県朝日町/株式会社博報堂

富山県朝日町は、人口1万人、高齢化率44.6%。
2014年には消滅可能性都市に指定された。多くの地方自治体が抱える社会課題に対し、
これを乗り越えて日本の手本になるべく、行政・生活者・企業が共創して、
新しくも懐かしい公共サービスが誕生した。

人口減少社会から目をそらさず、むしろポジティブに

過疎・高齢化により、朝日町には公共サービスを十分に提供できないリスクが顕在化していた。具体的には、交通・医療・教育・産業振興など、住民の生活を支える重要なインフラが危機に瀕しており、これを放っておけば現役世代はもちろん、将来の子供たちへの負の影響が強まることが明白だった。

そこで朝日町では、笹原町長のリーダーシップのもと様々な改革に挑んでいった。視座ははじめから明確で「日本全体の社会課題解決モデルを、朝日町から誕生させる」。やり方は大胆に。ただ、行政のみで課題解決することに限界を感じ、町は外部の民間事業社との連携に踏み切った。2019年、生活者の課題解決をミッションとする博報堂と偶然的な出会いがあり意気投合。両者は何度も対話を繰り返し、町民や町の事業者の意見を聞き、最初の共創プロジェクトを「地域交通課題」の解決に設定した。交通は、地域の生活や経済にとって “幹” となる重要なインフラ。こうして地方創生MaaSのプロジェクトがスタートした。

誰のための地方創生か?地域の未来の幸福像

地方創生を考える際に、とても大切なことがある。それは、「住んでいる人たちにとって、地域がどのような状態になることが理想なのか?」という問いかけだ。朝日町と博報堂の事業では、この問いかけを最重要視してゴールがぶれないように臨んだ。

例えば、外部の事業者が「都会と同じくらいの交通利便性があった方がいいだろう」と考えたとしよう。しかし実際は、地元の人たちは、大都市と同レベルの利便性やテクノロジーを求めていないことの方が多い。朝日町では、このようなミスマッチが起こらないように、関係者全員で、最初から地元における「未来の幸福像」をしっかりと明確にして具体的な取り組みを進めることにした。

“地域の役に立ちたい” と誰もが思っている

自分が生まれ育った自然豊かな町で、ずっと暮らしていきたい。誰もが普通に抱く未来の幸福像が、朝日町にあった。ところが現実は、人口減少の影響で、暮らしは困難な状況。交通は地域の暮らしに欠かせないものだが、赤字事業の交通サービスを、財政投下によって、いつまでも無理に維持し続けることには限界があった。そこで朝日町では、住民が保有する豊富な資産=マイカーと、そのドライバーに着目し、「移動弱者を共助型サービスの導入で、誰一人取り残さない」という戦略を設定。町民がマイカードライバーになり、ご近所のおじいちゃん・おばあちゃん達を乗せて移動する、「ノッカルあさひまち」というサービスの誕生だ。

朝日町に暮らす多くの方々は口には出さないけれど、「誰かの役に立ちたい」と思っていた。地域全体のために貢献したいという方、目の前で困っている近所の人を助けたいという方もいた。このような気持ちを持つ地元の普通の生活者に、ノッカルのドライバーになっていただいた。

ノッカルドライバーには、お金が目的で志願する人は一人もいない。どちらかというと、誰かの役に立ちたいというボランティア精神からドライバーを始める人が多い。もともと、移動が大変そうな地域のおじいちゃん・おばあちゃんを助けてあげたいと思っていたけれど、直接の知り合いでない自分から声をかけるのは迷惑かもしれないと考えていたようだ。だからこそ、機会ができたことで喜んで動いてくれた。また、移住や定年退職をきっかけにドライバーを引き受けてくれる方もいた。彼らは、地域や社会とのつながりを求めて、身近な地域貢献であるノッカルドライバーを務めている。

さらには、自分より上の世代の人たちから受けた恩を若い世代に伝える恩送りと考えて、ドライバーに立候補した方もいる。ただ、ユーザーのおじいちゃん・おばあちゃんからの「ありがとう、またお願いね」は、ドライバーたちにとっても、やりがいや幸福感に繋がっているようだ。つまり、ノッカルは、まさに“お互いさま”の上に成り立っている公共交通なのである。

「地域の役に立ちたい」という、もともと日本各地、またそこに暮らす人びとの心に根差していた “想い” をデジタルの力で可視化したものがノッカルだ。ノッカルには、効率のよさがある一方、思わぬ出会いという非効率もあり、両極端の存在が魅力にもなっている。このように、外部から最新のハードやテクノロジーを持ち込むのではなく、地域に存在していた“想い”を最大活用した設計こそ、朝日町における地域交通DXが成功できた要因だと分析している。

社会課題を共創型で解決するプラットフォームへ

朝日町で実践した地域交通課題をDXで解決する取り組みは、現在さらに進化している。

ノッカルには、交通にかかる行政コストを見直していくというコストソリューションの側面と、コスト削減を地域の皆さんで実現していく、共創・共助型のソリューションの側面がある。行政サービスには、自助・共助・公助という考え方があるが、人口減少や高齢化が進む中で、従来のように公助だけでは運営できないサービスが今後増加していくだろう。そのため、朝日町では、未来を見据えた朝日町のあり方や暮らしを行政だけで考えるのではなく、朝日町の住民や事業者の皆さんはもちろん、外部の民間企業も一緒になって考える新たな組織「みんなで未来!課」を2022年4月に発足した。

「みんなで未来!課」は、朝日町と博報堂が官民連携で運営。ノッカルのような地域交通領域だけではなく、行政DX(行政のデジタルトランスフォーメーション)や、GX(グリーントランスフォーメーション:環境戦略)、教育DXなど、様々な領域での社会課題解決を目指していく組織だ。

振り返って、朝日町での取り組みから日本全体を俯瞰してみると、これからますます社会課題を解決するプラットフォームが求められていると強く感じている。私たちは、朝日町モデルをさらに発展させ、全国の市町村にある既存課題と将来課題に対する解決にも貢献していきたいと気持ちを新たにしている。まだまだ、地方創生プロジェクトは道半ばであり、これからが本番だと思っている。


VOICE FROM STAFF

富山県朝日町 みんなで未来!課 課長代理 寺崎 壮

私には、朝日町に住む住民自身が、誇りを持てるような町にしたいというビジョンがあります。有難いことに、ノッカルの事業などを通じて、朝日町のよさに気づく町民が増えてきました。博報堂さんは、人もお金もない朝日町をどうすればよくなるかを一緒に考えてくれ、「ノッカルに最後まで責任を持ちたい」と言われた時には感銘を受けたのを覚えています。これからも博報堂さんと連携し、町民が輝いて暮らせる町を目指していきたいと思います。

株式会社博報堂 MDコンサルティング局 局長代理 畠山 洋平

私たちが肝に銘じたのが、生活者発想の徹底です。自分たちのために考えるのではなく、朝日町の住民の方々のためになるプラニングを最優先することを意識しました。この不透明な時代にこそ、相手をリスペクトし、相手の立場にたって徹底的に理解する視点がないと、本当の社会課題解決は為しえないと思います。
そして、私たちが朝日町の皆さんに教えてもらったこと。それは、日本人が大切にしている文化=お互いさまの精神です。朝日町の方々と、引き続きみんなで地域社会からはじまる日本の未来を創る事業に取り組んでゆく所存です。