日本の伝統文化「畳」の新しい歴史

株式会社TMオフィス
馬場 大輔

◆畳と同じ1,200年の歴史を持つ京都の“畳寺”
大阪では2025年大阪・関西万博を控え、またいよいよ来年に迫った2020年東京五輪に向け、あちこちでマンションの建設ラッシュが進んでいるように見受けられる。様々な日本文化のPRに関わってきた一員として気になるのは、その中でも一体、どれぐらいの割合で「和室」が作られるのだろうか、ということを考えてしまう。日本人には、日本の生活に最も適した畳の生活をして欲しいという切なる願いがあるためだ。
畳の歴史は古く、なんと、古事記にも記載されるほど。平安時代になると、板敷に座具や寝具として置くなどいまの畳に似た構造になり、現在まで1,200年以上、日本古来の文化として脈々と受け継がれている。
さて、他方、日本文化の中枢都市である古都・京都には、畳と同じく1,200年の歴史を誇る“畳寺”という愛称の寺院があるのをご存知だろうか。正式名称を「浄土宗大本 清浄華院(しょうじょうけいん)」といい、『清浄華院誌要』という寺伝によると、860年に清和天皇の勅願により円仁(慈覚大師)が開基したとされる。京都御所の隣に位置する由緒ある寺院である。

◆“畳寺”で開催した「畳供養」
清浄華院はなぜ“畳寺”なのだろうか?
境内を見渡してみると、その中核に「大殿」(だいでん)と「大方丈」(おおほうじょう)というお堂があり、いずれも100枚以上の畳が敷かれている。お堂の中の外陣は畳敷き、内陣は板張りという寺院が多い中、その全てが畳敷きというのは非常に珍しく、これだけでも畳と親和性があることがよく分かる。

清浄華院の大殿

また、畳産業を統括する日本最大の業界団体である全国畳産業振興会との縁も深く、2012年4月の「畳の日」に、清浄華院の伝統儀式にのっとり古い畳を供養し、畳の良さに想いを馳せる「畳供養」の行事を開始した。“畳寺で行う畳供養”としてPRしたところ、瞬く間に注目を集め、京都府や京都市などの自治体や観光案内所、近隣のホテル、菓子店などもPRに協力いただけるなど、京都の風物詩として認識され始めた。

畳供養の様子

なお、昨年からは規模を拡大し、「畳寺の畳まつり」として、畳供養を中心に、畳寺の御朱印授与や、畳楽器を使ったライブパフォーマンス、ミニ畳作り体験、畳寺スイーツの授与など、「畳寺で畳の魅力に触れあう」ことをコンセプトに開催している。

◆PRの力で畳文化を次世代へ継承
熊本県い業生産販売振興協会の調査によると、畳の表面のゴザの部分である「畳表」の国内の需要量は平成5年の4,500万枚をピークに下がり続け、ここ数年は1,400万枚前後で推移している。また、畳職人の高齢化・後継者不足による廃業畳店も深刻で、畳文化が将来的には危機に陥ると考える人も少なくない。
「畳供養」によって畳が新しい歴史を刻んだことは間違えなく、PRの力によって新しい歴史が作られた。“畳寺”ともどもこれから何百年、何千年と脈々と続いていくであろう。広報・PRが日本文化の歴史を作る、仕事をする上での醍醐味である。

 

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