「鹿踏切」について

近畿日本鉄道株式会社
広報部長 髙浦 仁史

 

みなさん、「鹿踏切」ってご存知ですか。「鹿踏切」とは、文字通り鹿のための踏切で、現在当社線に5箇所設置されています。鹿のための踏切なんて、さすが奈良を走る鉄道って思われたかもしれませんが、実は少し事情が違うのです。

当社は関西をはじめ2府3県に路線網を有し、その路線長は約500kmにおよびます。その中でも特に大阪と名古屋を結ぶ路線など、奈良県や三重県の山間部を走行する路線では、列車と動物との接触事故が後を絶ちません。そのうち最も多く発生している鹿との接触事故をみてもその件数は年々増加の一途を辿り、最多だった2015年には年間約300件と、10年間でおよそ5倍になっています。件数が大幅に増加している理由はいろいろ推測されてはいるものの、正確なところはよくわかっていません。ただし、ひとたび接触事故が発生すると列車に大幅な遅れが発生し、車両などの設備も損傷するなど、お客さまにもご迷惑をおかけしますし、乗務員をはじめ鉄道事業者にとっても大きな負担となっています。

そのため、これまでも当社では、鹿が嫌うとされる「忌避用赤色LED灯の設置」や「車両への鹿避け笛の搭載」そして「線路沿いへの侵入防止用ロープ敷設」など、鹿が線路内に侵入しないような対策を実施してきました。ただし、これらの対策は多少の効果はあったものの、いずれも抜本的な対策とはなりえませんでした。
そこで、鹿が多く侵入する箇所にカメラを設置して、鹿の生態を探ることにしました。その結果、鹿は線路をはさんで存在する生息域やエサ場を行き来するために線路を横断しており、多少の柵やロープがあってもジャンプするなどして侵入していたことがわかりました。その時、その映像を見た担当者はあることにひらめいたのです。つまり、鹿の侵入が必然なのであれば、侵入を防ぐ(すなわち排除する)のではなくて、列車が走行しない時には侵入を許してもいいのではないか。その逆転の発想から生まれたのが「鹿踏切」というわけです。
「鹿踏切」の周辺には侵入防止ネットを張って鹿が線路内に侵入するのを防ぎつつ、獣道に通じる踏切区間はあえて自由に通れるようにして、その箇所には鹿が嫌う超音波を発したり止めたりできる装置を設置しました。列車が走行する時間帯は超音波(踏切でいうところの警報音)を鳴らして侵入を防止、列車が走行しない時間帯には超音波を止めて鹿は自由に線路を横断することができるというわけです。
設置した効果はてきめんでした。前年に17件も発生していた箇所に「鹿踏切」を設置したところ、その年は0件、その翌年は1件と、発生件数が激減しました。その後追設した他の箇所でも同様の効果が得られています。

この「鹿踏切」ですが、2017年度にグッドデザイン賞を受賞しました。その際の審査委員の評価は以下の通りです。「野生動物の保護は大切なことであるが、野生動物の急速な増殖は社会問題招いている。改めて人間と野生動物との共生には、解決すべき難しい問題があることを気付かせてくれる。『鹿踏切』は、鉄道と野生動物の関係について、野生動物の視点で考えることの大切さを教えてくれた。

優しい発想で鹿のための踏切システムを提案しており、鹿の目線で問題を捉えることができたという、デザインにおける視点の重要性を示唆する好例である。」(一部抜粋)

当初は事故を減らしたいという一念で取り組んでいたのですが、「人間と野生動物との共生」という思いもよらない大きなテーマに向き合うこととなりました。列車と鹿との接触事故は全国的にも大きな問題となっており、東京や北海道のメディアにまで紹介されるなど注目を集めています。
野生動物への優しさあふれる「鹿踏切」。全国に広がっていく日も遠くないかもしれません。

深夜、線路を横断する鹿たち

 

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