日本一の酒どころ「KANSAI」

月桂冠株式会社
総務部広報課長 田中 伸治

日本酒の主産地は関西
近畿地方は、日本酒の出荷量で全国の約半分を占めている。その中心は、兵庫の灘、京都の伏見であり、関西には酒造業が、醸造機械や容器製造などの関連産業と共に集積している。灘は江戸時代の半ば頃から台頭、東西約20数キロの海岸沿いに酒屋が集中し、樽廻船で直送できる立地の良さから江戸の市場を席捲した。
京都では平安時代に朝廷の造酒司で、高度な手法により酒が醸されていた。その後、市中では金融業との兼業による土倉酒屋が豊富な資金力をもとに酒を商い、室町時代、1425年の史料によると京の酒屋は342軒を数えるほどに繁栄を極めた。
京都盆地南端の伏見では、安土桃山時代に豊臣秀吉が伏見城を開き、城下町には酒造業者が集積した。私共の月桂冠は、徳川三代将軍・家光の時代、1637(寛永14)年に、屋号を笠置屋として創業、以来変わらず伏見に本拠を置き381年の時を刻んできた。伏見の酒造業は歴史こそ古いものの、江戸期はまだ産地として小規模で、内陸という地理的条件から、旅人や地元の人たちに商うことが中心だった。
 その歩みは順風ばかりでなく、飢饉による酒造りの制限などで、1657(明暦3)年の酒屋名簿に記された83軒が、江戸時代後半の1785年には28軒まで減少、さらに1868年に発生した鳥羽伏見の戦いで、町中の多くの民家や商家、酒蔵が被災した。1657年の名簿に記された酒屋の中で、この戦いを越えて継続しえたのは、笠置屋と北川本家の2軒だけであり、長期の事業継続は難しかったことがうかがえる。そして、日本が近代化を進めた明治期、酒造りに科学技術を導入することで品質を飛躍的に高め、鉄道輸送への移行により販路を全国に開いたことで、伏見の酒造業は急成長する。その揺籃に大きな役割を果たしたのが、月桂冠11代目の当主、大倉恒吉である。

近代伏見酒の揺籃に大きな役割、大倉恒吉の伝記を漫画化

大倉恒吉の伝記を10のエピソードにまとめた英語版の4コマ漫画「Gekkeikan The Life of Tsunekichi Okura」を、今秋、自社サイトで公開した。月桂冠「中興の祖」である恒吉が、数々の挑戦により、その一代で事業規模を100倍に拡大し、京都・伏見の酒を全国に広めた経緯を紹介しており、創造と革新の継続により伝統を堅持してきた歴史をわかりやすく表現している。
大倉恒吉は1874(明治7)年に生まれ、父と兄の相次ぐ死により、家業の造り酒屋を13歳の若さで相続した。武家出身の母からの薫陶により、恒吉は酒造りの現場に入り経験を積み、その中で苦労と失敗を重ねた。当時、業界では科学知識が十分でなかったため酒の腐造(アルコール耐性のある乳酸菌により酒が腐ること)が頻発、恒吉はそのことに強く問題意識を持つようになった。そんな中、酒造調査のため伏見に滞在していた大蔵省醸造試験所の技師と交流する機会を得て、最新の学問知識に接したことが決定的な動機となり、1909(明治42)年1月、日本酒メーカー初の研究所「大倉酒造研究所」を創設した。研究の成果により酒の腐造問題を解決し、日本酒初の「防腐剤なしの酒」を商品化するなど、品質を飛躍的に向上させる先駆けとなった。その酒を、鉄道により東京を始め全国の市場へ販売すると共に、デザイナーを起用して駅売り用の「猪口付びん」を開発、鉄道に乗せて「月桂冠」の名を広く知らせた。これら数々の創造的な挑戦が、日本酒主産地への発展につながる契機となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「KANSAI」から、挑戦と創造の気持ちを呼び起こす
今、日本酒は、世界で「SAKE」として認知され、その消費も高まろうとしている。京都の伏見は、灘と共に日本の二大酒どころの一翼を担っており、関西圏では京都、兵庫、そして大阪、滋賀、奈良、和歌山など各地の銘醸蔵が酒造りに励んでいる。関西の酒どころは、フランスワインの一大産地、ボルドーの規模にも相当する広域に及んでいる。関西国際空港を通じて、多くのインバウンドのお客様をお迎えしており、ワイナリーや蒸留所巡りを旅の楽しみとされる方々が、各地の酒蔵を探訪されるのもおなじみの光景となった。
私共の月桂冠大倉記念館にも海外から多数の旅行者がお見えになっており、酒の味わいだけでなく、産み出す風土やブランドの歴史的背景に関心を持たれる方も多い。それがアウトバウンドでの人気(輸出した日本酒や海外生産による清酒の現地消費)にもつながっている。大倉恒吉の伝記を、まず英語で漫画化したのも、そのあたりに理由がある。次年度は漫画・大倉恒吉物語の日本語版をリリースする予定だ。全国の日本酒出荷の約半分を担う酒どころ「KANSAI」から、挑戦と創造の気持ちを社会に呼び起こし、私たち自身も鼓舞しながら仕事に取り組んでいきたい。
 

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