ホテルの歴史は、街の歴史

株式会社ロイヤルホテル グループサービス部門
広報担当 村田 真弓

 

先日、NHKの2018年後期 連続テレビ小説が発表されました。インスタントラーメンをこの世に生み出した実業家・安藤百福(ももふく)氏とその妻・仁子(まさこ)氏の半生をモデルに、戦前から高度経済成長時代にかけての大阪を懸命に生き抜く夫婦の物語だということです。現・リーガロイヤルホテルの前身である「新大阪ホテル」の建設の声が上がったのも、ちょうど安藤さんが最初に商いを始めた頃のことでした。

1925年に人口211万人規模となった大阪市は、東京市の200万人をしのぐ日本一の大都市となり、「大大阪(だいおおさか)」と呼ばれました。その「大大阪」に足りなかったものが、近代的ホテル。大阪商業会議所(後の大阪商工会議所)を中心に、近代的ホテルの建築を求める声が政財界から起こりました。
当時の大阪府知事・大阪市長を中心に第1回新ホテル相談会が開催されたのが1926年。この政財界の有力者がこぞって参画する大阪あげてのプロジェクトは、そこから紆余曲折を経て、1935年、ついに「新大阪ホテル」の開業として実を結びます。

特定の個人ではなく、大阪の人々が創設者という非常に珍しいホテルの誕生でした。
ちなみに、当時の客室料金は、シングル1泊5円から。最高級のスイートルームが1泊45円。朝食は1円50銭でした。同年秋に開通した地下鉄難波-梅田間の乗車料金が10銭の頃です。一部の客室に冷房を施した日本で初めてのホテルでもありました。
その後、太平洋戦争でエレベーター2基、冷房用ポンプ・モーター類などを金属回収により供出しながらも営業を続け、さらには戦後にホテルを米軍に接収されるなどの時代もありましたが、1957年に営業を再開。大阪の復興と共にホテルも活気を取り戻し、1965年、新たな大型ホテルが同じ中之島に開業しました。

 現在のリーガロイヤルホテル・ウエストウイングにあたるこの新ホテルの名称は、「大阪ロイヤルホテル」。現在の社名である「ロイヤルホテル」の基ともなったこのホテル名は、大阪市民からの新聞公募によって選ばれました。審査委員は当社社長であった山本為三郎氏(当時のアサヒビール社長)をはじめ、当時京都大学基礎物理学研究所所長だったノーベル賞学者・湯川秀樹氏など、そうそうたるメンバーが名を連ねていました。

 新大阪ホテルの開業から80年余り、私たちは大阪・中之島の地で街と共にホテルの営業を続けてまいりました。新大阪ホテルは1973年に営業を終了し、残念ながら建物も今は残っていません。しかし、新大阪ホテルの開業時から大宴会場を飾っていたシャンデリアや、美術館に貸し出されることも珍しくない名画たちは、今もこのホテルに引き継がれています。
私たちも、大阪の歴史が息づくホテルとして、これからもお客さまをお迎えしてまいります。

 

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